依頼 2

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 開いたドアから出た志継は鍵穴に鍵を差し込み、エレベーターの電源を切った。あり得ない事だが、万が一にも一般市民にこのエレベーターを使われる訳にはいかない。そんな事にでもなれば、それが例え子供の好奇心からしでかした事であっても、そのまま地上に戻す訳にはいかなかった。最悪の場合、命を戴く事にもなり兼ねないのだ。  重い扉を開けて外に出た志継は、トンネル内のようなオレンジ色に灯された道に、黒い宮内庁の車を見つけて歩み寄った。ドアが開き、降り立った運転手が後部座席のドアを開ける。それに頷いて乗り込む志継に、軽く頭を下げた。  外の景色を見ても仕方がない。それこそ、延々と続くトンネルがあるだけなのだ。  無表情のまま、まっすぐ前を見据えた志継を、運転手がミラー越しにチラチラと盗み見る。初めて顔を見る運転手だったが、三十歳代であろうその男は、庁の人間にしては珍しく好奇心の残った瞳をしていた。  こんな少年が何故地皇御所へ向かうのか理解出来ない、とその表情が言っている。あえてその男を無視する事にした志継は、御所へ着くまでの間、一言も声を発する事はなかった。  途中から視界が開け、高くなった天井からは光が降り注ぐ。  更に進んだ車が朱雀門をくぐり、ゆっくりと停まった。  外気の邪気を払う為に、内裏に入る前に全ての者は服を着替えなければならない。志継は車を降りると、まず宮内省に向かった。決められた更衣室で、服を平安の貴族同様の闕腋の袍に着替える。  現在は位を示す色が昔とは違っているが、その色から、就いている任務が判るようになっている。志継と古崎は黒。闇のような漆黒だった。  裏の宮内庁の役人を務める者達は、地皇の下、大きく分けて二人の大将にそれぞれ仕える事になる。  上宮(かみつみや)と下宮。  地皇の傍らに座すこの二人は、表の上宮、裏の下宮と呼ばれ、上宮に仕える者達は地上との連絡網の役割を果たし、この裏御所の存在を知らない一般の国民でさえ、上宮の名前だけは知っていた。  世間では議員でもない上宮家が、政治を裏で操っているとまで言われている。それはつまり、それ程までに上宮家の力が大きい事を意味していた。  先程の運転手や電話に出た役人は、この上宮の部下という事になる。御所の中で事務的な役割を果たす彼等は、両脇を縫いつけた比較的明るい色の縫腋の袍に、烏帽子という格好でいる。
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