依頼 2

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 それに対し下宮(しものみや)に仕える者達は、地皇の警護や鬼皇の封印の監視など、決して表に出る事のない裏の任に就いている。その役割ゆえに動きやすさが求められる彼等は、烏帽子を被るのは一緒だが、いつでも引き千切れるようにと、両脇のあいた暗い色の闕腋の袍を纏っていた。その中でも、志継達のように漆黒の袍を纏うのは、地皇の命にて暗殺の任務を遂行する、限られた者達だけだった。  限られた者といえば、その反対に、下宮に仕える者の中で一人だけ、地皇のみが着るとされる純真な白の袍の着用を許されている者がいるという。志継はまだ会った事はないが、その者の魂の光は人間ばかりか鬼さえも魅了し、不穏な時代に目覚めるようとする鬼皇を、再び瞑らせる事が出来るのだとか。  自らが鬼皇封印の五つの将である下宮は、上官でありながらもそいつの為ならば命をも投げ出すという。いや、下宮だけでなく、地皇を含めた残りの将達もが同様だというのだから、恐れ入る。 「馬鹿馬鹿しい」  着替えながら呟いた志継には、守りたい者など一人としていなかった。親もなければ友人もいない。逆に志継が死んだとしても、悲しむ者は一人もいなかった。それは古崎にも言える事で、心を許せる者のいない二人にとっては、生であろうが死であろうが、孤独な事に変わりはなかった。例え互いが死んだとしてもそれは変わらない。只新しい相棒と、また組む事になるだけだった。  他人の為に投げ出す命など、二人共持ち合わせてはいないのだ。自分の為にだけ生きて、自分の命のみを守る。そういう人間でなければ務まらない任でもあった。  大事な者がいれば『生』への執着が生まれ、万一、任を失敗し敵に捕らわれ自決せねばならぬ時に、自らの命を絶つ事を躊躇してしまう。  ――そんな事は許されない事だ。  生きたいという『執着』もない代わりに、死のうと思う程の『絶望』もない。只、日々淡々と生きている。そのどちらかを見つける事が出来れば、『この場所』から抜け出せるのだろうが……。  ハッと小さく息を吐いた志継は、顔を上げ前を見据えた。ひと気のない板の廊下を進む。ひと気はないと言っても、それは見える範囲だけの事。一枚襖を隔てた向こう側からは、息を顰める者達の気配が伝わってくる。
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