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廊下に出た途端。ククッと古崎が笑う。それを見上げた志継は、恨みの籠った低い声を吐き出した。
「お前、俺を殺す気か。頸椎骨の圧迫で、気を失いかけただろうが」
鼻をハンカチで押さえている所為で、モゴモゴと籠ったような言い方になる。その志継の顔をチロリと見下ろした古崎は、悪びれる事なく、なんなら自慢げな様子で顎を突き出した。
「私が殺す気なら、頸の裏など狙わないよ。咽頭隆起を狙うね」
「ああ、そうかい。だが、この鼻はやり過ぎなんじゃねぇの。鼻が折れたかと思ったぜ。お陰で見ろ、一つしかない制服が汚れちまったじゃねぇか」
圧迫止血をしていたハンカチを外し、血の流れが止まっているのを確認しながら言う志継に、古崎が肩を竦めてみせる。
「失礼。だが、急ぎだったのでね。下宮(しものみや)殿から急の呼び出しらしい」
志継の腕を放した古崎は、スタスタと歩きながらポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押した。
「おい、此処じゃマズい!」
目を剥く志継に判っていると手を上げて応え、素早く四方の気配を探る。
授業中の為廊下には誰もいないが、曇りガラス一枚を挟んだ向こう側では、他所のクラスが授業を受けている。万が一にも電話の会話を聞かれた場合、非常に宜しくない。いや、それこそ命に関わる。
俺達だって、タダじゃ済まねぇだろが。
焦る志継を尻目に、古崎は屋上へと階段を上りだした。屋上に続く扉を開けると同時に、話し出す。
「古崎です。はい。………判りました。今から斎藤を向かわせます。では」
短く電話を切り上げた古崎が志継の背中をポンと軽く叩く。ニンマリと勝ち誇った笑みを浮かべた相棒は、いつもの年上を笠に着せた物言いをした。
「電話というのはね、シヅク。簡潔に、かつ、他人に必要以上の内容を判らせないように使うモノだよ」
少し身を屈めるようにして言う古崎に、そんな事よりと志継が古崎の髪を掴んだ。
「今から斎藤を向かわせるっつーのは、どーゆうこった」
掴んだ髪を揺さぶるようにして言う。不快そうに顔を顰めた古崎は、志継の手首をグイと掴み上げた。
「仕方ないだろう。急な『命(めい)』だと言うんだから」
案の定髪の乱れが気になる男は、もう一方の手で自分の頭を撫で付けた。
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