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けっザマーみろ、と顔を背けて舌を出す。目には目を。歯には歯を。不快感には不快感を。許すな横暴。やられたらやりかえせ。
これが志継のモットーだった。少しばかりの報復に、多少なりとも機嫌が直る。
「だからって、なんで俺だけなんだ。お前が行け」
自分の手を手首から放そうともがく志継を見下ろして、古崎は呆れた声を出した。
「言っとくけどね、シヅク。私がこんなくだらない学校で、くだらない教師なんかをしているのは、ひとえに君が此処の生徒だからという理由からなのだよ。その私に、その仕事を放ったらかして御所へ向かえとそう、君は言うのか?」
段々と低くなってゆく古崎の声に、志継は鼻を鳴らして顔を上げた。すぐ近くにある、見飽きる程いつも見てる冷やかな男の瞳を負けじと睨み返す。
「せめて、迎えぐらいは来るんだろうな。雪も降ってるし」
「来る訳ないだろう。こんな所に宮内庁の車なんて来てみろ。目立って仕方がない」
「宮内庁の車でなくたっていいんだぜ。兎に角誰か――」
「来ないんだ!」
聞き分けのない子供を叱るように、志継の顔を覗き込んだ古崎が言う。暫くその顔を不満そうに見据えていた志継は、諦めて力を抜いた。
「わーったよ。でも、この服どーすんだよ。こんなんで、電車に乗るのはご免だぜ」
やっと古崎が放してくれた手首を擦った志継は、両腕を軽く上げると、これ見よがしに血のついた制服を相棒に見せ付けた。
それをヒョイと眉を上げる事だけでかわした古崎が、やれやれと嘆息する。
「そんなモノは着替えて行けばよろしい。私のマンションに寄れば、君の着替えの一つや二つはある筈だ。さあ、行った行った。下宮殿がお待ちだ」
追い払うように手を振った古崎を、志継が眉を顰めて見上げる。
「しかし、どーすんだ? 鞄は教室だし、あんたのマンションの鍵は、鞄の中に入ってるんだぜ。鼻血で早退なんて、誰も納得しねーよ」
あのザワついた教室を思い浮かべて、ウンザリと肩を竦める。せっかく今までなるべく目立たないよう、人の目には留まらぬようにと、そう心がけてきたというのに。このクソボケ相棒のお陰で、台無しだった。
人に関心を持たない志継は、自分も他人から関心を持たれる事を忌み嫌っている。
教室に戻って、みんなの好奇の目に晒されるなんてのは更々ご免だし、言い訳を考えるなんてのも面倒だった。
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