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カップルに発見されずそのまま放置されていれば、利之は凍死していただろうと現場を訪れた警官は言っている。
この事は通常であれば傷害遺棄事件として警察が捜査に乗り出すのだが、当の被害者である利之は目を覚まさず、唯一の肉親である妹の利奈は補導の常連で、警察に非協力的だった。
そして利之の友人知人も当時の利之の詳しい状況を知らず、捜査は開始早々暗礁に乗り上げた。
「それで目立った外傷も、何かを盗まれた形跡もなかったので、ロクに捜査もされずに今日に至った、ですか。
何を言っているのですか!
利之はつい最近まで植物状態で、利奈君が身を粉にして入院費を払い続けていたんですよ!」
『文句なら所轄に言え!
習志野(ならしの)の方って言えば解るだろう!』
東の怒声に、県警捜査一課の課長も大きな声で答えた。
東は目を閉じ、息を整える。
「失礼しました。
申し訳ありません。
先程報告しましたように、現在橘利之の行方は判りません。
その【運び屋】の話を鵜呑みにするならば、時間もありません」
『【運び屋】か。
数ヶ月前の事件の記録がなければ笑い話だな』
そうは言うものの、東の電話の相手は鼻で笑った。
「港署の刑事課の人間だけでは人手が足りません。
どうか応援をお願いします」
『ついさっき、あんな啖呵を切っておいて、随分と殊勝なことだな。
君にはプライドという物がないのか?』
「あります」
『フン、言い切ったな。
だったら簡単に謝ったりしないことだな』
東はゆっくりと目を開き、身も凍りそうな視線で語る。
「私の誇りは警察官であることです。
恥や外聞を気にしていては犯人を取り逃がしますし、救える生命も救えません」
東の言葉に、電話の相手は黙り込んだ。
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