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いったい何度同じ事をしたのだろうか。
近くの花屋のオバサンはピンクのバラを買う度に「ガールフレンドの趣味なの」と冷やかされ、近くを通りがかると「キレイなバラが入りましたよ」と声をかけられるようになっていた。
そして毎度むなしくそれをゴミと一緒に捨てていた。
なんとなくNHKで放送している「野生のなんとか」といった番組でオスの鳥や魚がメスをおびき寄せるために巣をきれいにしいている映像を思い出しむなしかった。
「あらキレイにしているのね」
ユーコはキチンと靴を脱ぎそれを後ろ向きにそろえ、静かに部屋にあがった。
信二はすぐにテーブルの前に座布団を敷くと、ユーコはそこに腰をおろした。
「ウイスキーでいい」
信二はこの春大学を卒業した先輩から譲り受けた高級ウイスキーと本物だかどうだかわからないバカラのグラスを小さな食器棚から取り出しテーブルの上に置いた。
氷を取り出そうと冷蔵庫を開けるときも、「帰る」といわれるのではないかと心臓がドキドキしていた。
信二はウイスキーをバカラのグラスに注ぐと、なかの氷が「カラン」と音をたてた。
「素敵なグラスね」
ユーコはグラスを目の前に掲げそれをじっと見つめた。
「先輩にもらったんだ。このウイスキーも」
信二はぎこちなく笑ってユーコの前に座った。
「お疲れ様」
信二は手にしたグラスをユーコのグラスに「カチン」とあてると口元に持って行き、グラス越しにそっとユーコを盗み見た。
ユーコのキレイなピンクの唇がグラスに触れ妖しく濡れている。
信二の心臓がキュッと締まった。
のどの粘膜がカラカラに渇きヒリヒリする。
生唾をゴクンと呑みこんだ。
ユーコの目元がほんのりと赤くなっている。
二人の間にどこかフワフワとした空気が漂っている。
信二は話題に困り、帰り道で話題にした今日のコンサートの話を繰り返した。
そしてまたユーコの声がとても素敵だったと誉めた。
「そうね」
ユーコはその話題に飽きたのか口を閉ざした。
信二は場が持たなくなり外を見た。
商店街の灯りは消えあたりを闇が支配していた。
ユーコに気づかれないように壁に掛けてある時計に目をやった。
既に夜の12時を回っている。
おそらく今からでは最終電車に間に合わないだろう。
顔が火照っているが、意識はかなりハッキリしている。ユーコに迫るにはまだ酔いが足らない。
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