およそ、数え切れないくらい。

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ヴァレッタの街に殺人鬼が現れるというのはもっぱらの噂であった。 豊富な石資源をもとにした、芸術と建築の街であるヴァレッタも、宵を過ぎれば血の香りに包まれる。臆病な住民たちは陽が落ちる前から家に閉じこもり、戸に閂をかけ、板の打ち付けられた窓から細く射し込む月の光に怯えて身を寄せあう。 ある者は殺人鬼を仕留めようと静かな街に身を繰り出し、ある者は人のいないこの時間を狙って食料を探しに下水から這い出す。 明かりが灯っている場所は領主の屋敷の他には一つもない。ヴァレッタは月明かりに浮かび上がる、悪い夢のようであった。 殺人鬼の犯行及び手口は最初の一件から一貫していた。毎晩、陽が落ちてから夜が明けるまでの間に無作為に選ばれた1人が、アキレス腱と首を切り裂かれ、腹に大穴を開けて臓物をすべて掻き出されて血の海に沈んでいる、というものだった。場所はさまざまで主要な通りや大広場、薄暗い路地から芸術住宅街、果てには上流市民が所有する屋敷の屋根の上、と街の至る所で殺人が起きている。 警備隊はどうしたのか、という叱責が毎日のように詰め所周辺で叫ばれているが、彼らとてただ指をくわえて見ているだけだはないのだ。警邏の増員や巡回ルートの見直しも実行している。恐怖を押し殺してランプや松明で殺人鬼をあぶり出そうと躍起になっていても、しかし成果は一向に挙がらず、「我々は職務を全うしている」としか弁明できない状態が続いていた。彼らの名誉の為に記すが彼らが無能なのではなく、殺人鬼が異様であることを留意されたい。 そしてまた、この日の夜も殺人鬼による"遊戯"が始まろうとしていた。
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