およそ、数え切れないくらい。

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「……それで、今日も行くのかい?」 「ああ、行ってくるよ」 僕はペンを置き、眼鏡を外して目元を揉んだ。じんわり浮かんだ涙を拭って眼鏡をかけ直し、伸びをする。 彼女はもうすっかりと準備を整え終えているらしい。そちらを見やれば、まさに完全武装といった出で立ちでいた。 全身黒で統一された服装に身体の線を隠すマントを羽織り、編み上げブーツを履いている。そこに口元を覆うマスクをつけてハットを目深に被れば、もう男か女かを判断することも難しいだろう。纏められた髪はコートの中に仕舞われていて、視線を逸らすと彼女の口角は「これから最高のショーが始まりますよ」とでもいうように持ち上がっていた。 「もうそんな時間かぁ」 窓から射し込む光はもう月の光だけになっていて、手元のランプだけが部屋を灯していた。 「準備は……もう大丈夫かい?」 彼女は腰に下げた鞘を顔の高さまで持ち上げ音を立てて抜剣することを返答とした。いつ見ても美しい剣だ。たしか彼女の父上殿が死蔵していた武具の中から引っ張り出してきたのだったか。 彼女は町娘が宝石でも見るような目でその剣を見つめていた。実際彼女にとっては宝石のようなものなんだろう。僕がランプの灯を吹き消すと、月明かりに照らされて剣は冷たい輝きを放ち、影の入った彼女の立ち姿が一つの芸術になった。静かな街で冷たい月と銀光を放つ乙女……うん、よく映える絵だ。
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