およそ、数え切れないくらい。

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月明かりが冷たい街とは対照的に僕の部屋は暖かく灯っていた。こうしてランプの灯りを見つめながら彼女の帰りを待つのが僕の役目だ。暇を慰めるために始めた書記も今日の書く分はもう書き留めてしまった。残りは彼女から話を聴かないと続きがない。 「……すごく暇だ」 少なくとも独り言を零す程度には。 いっそのこと一人で先に寝てしまおうかと考えていたところで、なんでもないようにひょっこりと窓から彼女が帰ってきた。 「ここは二階なんだけどなぁ」 「気にするな。出来るんだからしょうがないだろう?」 いっつも強気で女の子っぽくない口調。でもその声を聞くだけで僕は暖かくなってようやく安心できるのだ。 彼女は無造作に着ているものを脱ぎ、僕の方へと放ってくる。あれよあれよという内に彼女は下着だけになって剣もベッドの上に優しく投げていた。 「今日は珍しく臭いが濃いけど、どうかしたの?」 黒い装束から漂う臭いに彼女らしくなさを感じた僕は、直接彼女に問いかけた。 大きな欠伸をしていた彼女は珍しくバツが悪そうな顔をしてため息まじりに口を開いた。 「今日は"首"を先に切らないで"腹"から捌き始めたんだ。そしたら予想以上に血が噴き出してきてね、いつもだったら腕にかかる程度だったけど全身に浴びてしまったんだ。思わず昂ぶっちゃったけど、まあ後はいつも通りだったね」 彼女はなんでもないようにそう言って、僕のタンスから適当な上着とタオルを引っ張り出した。それらを肩に引っかけ、顔だけこちらに向けて肩越しにこう言った。 「水浴びにいってくる。話の続きはそれからにしよう」 僕を見つめるその瞳はやっぱり僕を見つめていないような曖昧なものでしかなかったけど、確かな暖かみがあったと僕は思っている。閉じられたドアの前で僕は両手に抱えたものを見やり、ため息を漏らした。 さて、今日はこの死臭漂う血濡れ装束をどう処分しようか。僕も僕でやる事がまだ残っているようだ。 おわり
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