第1章

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「上村さんは艇は?」 「エイトだよ。今日もコース使ってたけど分からなかった?」 「・・・ごめんなさい。だってエイトは速いから」  8人で漕ぐエイトと呼ばれる艇のスピードは、その人数の多さからボート競技の中で最速を誇る。一人きりで漕ぐ真央なんかそれに比べたら赤ん坊の歩み程度のスピードでしかない。 「女の子のシングルなんて珍しいからそっちはすぐに見つけられた」 「あは・・・」  別に真央が希望して一人でボートを漕いでいるわけではない。初めはダブルという二人乗り艇に乗っていたのだが、相方が成長痛に悩まされとうとう医者から激しい運動を制限されて辞めてしまったのだ。大柄な真央とペアを組むには新入生は身体が未熟だったため、仕方なく一人乗りに転向した。 「そう・・・」 「はい・・・仕方なかったんだけど、やっぱり二人でボートしてたかったなって今でも思います」  ぽそぽそと語る真央の話を黙って聞いていた上村だったが急に顔の前で両手を打ち合わせた。 「事情を知らなかったからゴメン。まあ、激しいスポーツだから故障はよくある事だし、まして高校生はまだ成長期だもんな。辞める子がいても不思議じゃない」 「そうですね・・・」 「男から見てもシングルの女の子ってカッコイイよ」 「そうかな・・・って、あれっ?」  いつの間にか周囲に人気が無くなっている事に真央は気がついた。 「皆もう帰っちゃった・・・私も行かないと」  荷物は練習場に持ってきているが自転車は高校に停めてある。 「このまま家に帰る?」 「いえ・・・自転車が学校に置いてあるので────上村さんは?」  潟のすぐ近くに高校がある真央と違い上村が通う大学はかなり離れている。てっきりバスを使うのだろうと真央は思った。 「俺? 自転車だよ。大学生っていってもボートばかりやってから貧乏なんだよ」  飾らない上村の口調が可笑しくて真央はクスリと笑みを浮かべた。 「お、笑った」  そう言う上村の目じりも下がっている。 「悪くないでしょ、同業の男としゃべるのも」 「そうですね・・・」  部活の中身をお互いよく分かっているから自分を飾る必要が無い。 「楽しいかも・・」  ポツリともらした真央の言葉に上村がすかさず食いついてきた。
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