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ゆるゆると、少女のまぶたが持ち上がる。
その意味が何十回と反芻(はんすう)されて、少女の頭に言葉の意味を理解させた。少女の穢れは、消すことができる。
少女の身じろぎに手ごたえを感じたのだろう。少年はさらに続けた。
「空にも、行ける」
力を入れて重たい頭を上げると、少年がじっと少女を見つめていた。
泣き腫(は)らした目で少年を見返す。
「本当、に?」
ほとんど息だけのような声を少年は一字一句聞き取った。
力強く頷き、元気づけるように少女の肩を叩く。
「ここで待ってて。大丈夫、俺を信じて」
不安そうな少女にそう告げる。
少年の確かな足音が遠ざかっていく。
言葉が、じんわりとした暖かさと共に腹の痛みに広がった。
熱を持って溶け出すような言葉が、痛みを侵食する。
痛みが薄れてもまだ腹の傷から手を離さず、少女は呆けたように少年を待ち続けた。
今や少女には、少年しか頼れるものがなかったのだ。
少年は必ず来ると、信じていた。
少年自身が、自分を信じろと言っていたのだから。
やがて戻ってきた少年は、少女の目の前に丁寧な動作で一足のブーツを置いた。
「これを履いて。向かう先は足場が悪いから」
少年の手を借りて立ちあがる。
腹の痛みはもう鈍痛になっていた。
血は流れ出ることを止めていた。
靴を履こうとして、自分の手が血まみれであることに気付く。
ぼうっとする頭で少し考えた後、少女はワンピースの生地越しに靴を触り、血が着かないようにした。
少年からもらったものを自分の血で汚してしまうのは、何だか気が引けたのだ。
生まれたての赤子のように少年を見上げる。
少年は穏やかに微笑んで、そっと少女の手を取った。
その手が血で汚れることなど気にもしてないようだ。
腹の奥で、柔らかな熱がじんわりと少女の身体に染み渡る。
少女は静かに少年の手を握り返した。
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