4 空への崖

2/2
前へ
/19ページ
次へ
 町を抜けて北へ、どこまでも北へ。 そうしてぶつかったところが、空への崖だ。 幾日も歩き続けた二人は、地上からその崖を見上げていた。 腐敗の大地において、唯一空につながっていると言われる場所だ。 あまりにも高く高くそびえたつその崖には、ちらほらと人の姿も見える。 「空に向かう人たちだ。幸いなことに道はある。あんたはただ、気が遠くなるような時間をかけてこの崖を登って行けばいい」  空を切る音に気付いた時には、衝撃音が鳴り響いていた。 思わず音のした方向に顔を向けると、一人の男性が乾いた地面に横たわり、ごろごろとのた打ち回っていた。   少年は冷静にその光景を見つめながら、少女に説明する。 「ただ、落ちることは何度でもあるだろう。空に到達できるのかもわからない。それでも、あんたは行くんだろう?」   真剣な眼差しに少女は頷いてみせた。 ずっとこのままだなんて我慢ならない。 少女は穢れをなくすために、空へ行くために、この崖を登る。 「貴方は?」  皮肉な笑みを浮かべて少年は首を振った。それはまるで自虐のようにも見える。 「俺は行かないよ。腐敗の大地で生きていくって決めたんだ。もちろん、あんたのサポートはするが」  唐突に腑に落ちた。 その時、少女は少年が「綺麗」である理由を確かに理解したのだ。 墜落者が行きつく先、腐敗の大地にあってなお、少年は毅然(きぜん)としている。 瘴気の中にあってさえ、彼は気高く在り続ける。 その在り方こそが、彼が「綺麗」である理由。 視界がぼやけ、口元が緩んだ。 泣き笑いながら「わかった」と頷く。 「やってみるよ」 「それがいいよ。大丈夫、見てるから。俺を信じて」  少女はもう一度強く頷き、ゆっくりと少年の手を離したのだった。  これから少女が向かうのは、遥か遠き空。 少女が焦がれた光。 穢れた身では到底行きつけない場所へ行くために、彼女は崖を登り始める。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加