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少女の進む先、泥の地面の一画に違和感がある。
その部分だけが円形に黒々としていて、他の地面とは違っているのだ。
進行方向から少し左にそれて、百メートルも歩けば着くだろうか。
近づくにつれ、少女の中で得心がいった。
波打つ水面がはっきりと見えたところで、それを池と認識した。
なぜここにあるかはわからない。
でもこれは池なのだと、そう、腑に落ちた。
ふちまで近寄ってそうっと覗き込む。
暗い水面に影が映った。さざ波の起こる水面に映るものを見とめた瞬間、少女は弾かれたように後ずさった。
足元でベチャベチャと泥がはねる。
口元を押さえようとしてその手にまだ泥がついていることを思い出し、虚空を握りしめた。
今、見えたものは何だったのか。
水の中にはぎらぎらと光るものがあった。
少女を睨むような光に、身体の震えは収まらない。
それでも一歩、二歩と足は池のふちへ動いた。
驚きよりも恐怖よりも、好奇心が勝った。
息を浅く吸って止める。
こわごわと池をのぞきこんだ少女は、手足に力を入れて恐怖に打ち勝った。
さざ波が消えていく。
鏡のような水面に映りこんだのは、一人の少女の姿。
髪は乱れ、肌も服も泥にまみれた中で、両の目だけがぎらぎらと光っていた。
穢らわしい。
鳥肌が立つのを感じながら、少女は真っ白なワンピースが汚れるのも構わず膝を着いた。
ためらうことなく泉の中に腕を差し入れ、泥を落としにかかる。
予想以上に冷たい水は少女の腕に痛みを与えた。
だがそんなことなど構わず必死に手のひらをこすり、腕をさすり、泥をこの身から引き剥がす。
バシャバシャと水音だけが不気味に響いた。
浅い呼吸を繰り返しながら、少女は摩擦で赤くなった腕を引き抜く。
先ほどと変わらぬ汚れた腕がぽたぽたと滴を垂らしていた。
「嫌、だ」
声が震え、目の奥から涙がせりあがってくる。
なぜ汚れは落ちないのだろう。
なぜ、こんなにも汚れているのだろう。
どんなに少女がこすっても、染みついたように汚れは消えなかった。
腐敗の大地に溜まった水は、少女の穢れを落としてはくれない。
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