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涙も涸(か)れ果てた少女は、半ば足を引きずるように泥地を進んでいた。
空腹も眠気も感じない。
空は変わらず穏やかな光を大地に投げかけている。
少女の前方には町があった。
どこに行くあてもない彼女は目的地をそこに定め、ただ黙々と歩いていた。
暑さも辛さも感じない。
ただ、取れない汚れへの嫌悪感に顔をゆがめて足を動かし続ける。
ようやく辿り着いた町には大勢の人間がいた。
飾りだけの槍をもつ門番の横をすりぬける。
大あくびをする門番は少女を気にとめるふうでもない。
家や店が立ち並び、大人子どもが街路を行き交う。
人の熱気と喋り声、くすくすという笑い声が自分に向けられているように感じて、少女は足を速めた。
噴水のある広場へ出ると、少女は見えない壁にでもぶち当たったかのように足を止めた。
広場の中央にある噴水では、何人かの浮浪者たちが一心不乱に自らの身体を洗っている。
どうしても落ちない汚れを、ひたすら取ろうとこすっている。
円形広場のふちに沿うように並べられたベンチには、小汚い人々がぼろをまとって寝ていた。
何か月も櫛(くし)を入れていない髪には、清潔にしようという意思さえない。
彼らの肌が少女と同じように泥で汚れているのを見て、少女の膝が笑い始める。
心臓の鼓動が、やけにうるさい。
「違う……」
停止しかける思考でそれだけ呟き、少女の視線が時間をかけて、自分の手のひらへと移る。
変わらず落ちない泥、皮膚にすりこまれたかのようにとれない腕の汚れ。
束の間、少女はぎゅっと目を瞑(つむ)った。
「違う、私は、私はあんな人たちとは違う――!」
ぱっと目を開けた少女は、浮浪者たちを視界に入れる前に踵(きびす)を返し、街路を走り抜けた。
どこに行っても、人、人、人。
彼らに浮浪者たちと同じだと思われたくなくて、穢れていると思われたくなくて、少女は人目につかない場所を探して町を走り回った。
外に出る気はなかった。
この町の外に出たところで、少女には何もないのだから。
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