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高校を卒業して早1年。
俺は2度目の大学受験に失敗した。
大学に行った友達が髪を染め、サークルに入り、日々楽しく暮らしているのを横目に、必死に勉強だけをし続けた1年間は俺の心と共に残酷にも砕け散った。
不合格通知を受け取ってからもう2ヶ月が経とうとしているのに、再受験と就職、そのどちらにも歩き出せないまま只々立ち尽くしていた。
最近では部屋から出ることも殆ど無くなり、両親は俺の顔を見るなりどうするんだと問い詰めるばかり。
弟達は腫れ物を扱う様に、極力近寄っては来なくなった。
自分を中心に歪み出した家族に耐え切れず、俺は外に飛び出した。
久しぶりの日差しに眉をひそめると、隣のドアが開く。
「あら、こんにちはー。」
爽やかな笑顔で挨拶をする隣人に俺は小さく会釈を返し、逃げる様にその場を離れると、その後も下を向いたまま足早に歩みを進める。
マンションを出たところで、夫婦らしき2人とすれ違った。
「お、今日は寒いから気をつけなよ。」
「行ってらっしゃい。」
人の事なんてどうでもいい。
他人を蹴落として合格を勝ち取れ。
そんな受験戦争に負けた俺には、そんな素朴な気遣う言葉が心に沁みた。
「行って…きま…。」
声が詰まる。
「…ぼうず、大丈夫か?」
その言葉で自分の瞳から流れる雫に気が付いた。
「いや…あの…すみません…。」
慌てて顔を逸らし、その涙を拭う俺の頭を男性がぽんと撫でる。
「よく…頑張ったな。」
その瞬間、堰を切ったように溢れる涙。
どうしてその言葉が出たのかは分からない。
でも、それこそが俺にとって必要な言葉だった様に思えた。
何度拭っても溢れ続ける涙に戸惑いながらも、自分の背中をさする女性の手の温かさを感じていた。
どれだけ時間が過ぎただろう。
ひとしきり泣き終えた俺は恥ずかしさを覚え、2人に小さく、すみません、と呟く。
その言葉に男性はニカっと笑うと、
「違うだろ。こういう時は、ありがとう、だ。」
と自信ありげに言った。
「一緒に頑張りましょうね。」
女性がそう語りかけると、最後まで理由は聞かず、2人はマンションへと帰ってゆく。
その時、心の奥につっかえていた何かが涙と共に流れていったことを確かに感じた。
それから1年。
俺は今、念願の大学へ通っている。
これは俺の心に大切にしまった小さな宝物の話。
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