水の中を流るるもの

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 ──あれはある暑い日の事でした。  あまりの暑さと退屈さに辟易した私はふと思い立ち、暇潰し兼涼みがてら近所のプールに出掛けることにしました。  プールは混雑ぶりもそこそこでしたので、ゆったりと泳いだり浮かんだり休んだり潜ったりして満喫しました。  小一時間程経った頃、小腹が空いたし充分涼んだし疲れてきたりしたので帰宅することにしました。  それでプールサイドへ向かうため、ゆっくり進み始めたんですが、ふと横合いから人がこちらへ一目散に向かってきていることに気付きました。避けよう!と思った時にはすでに手遅れでそのままぶつかってしまい、バランスを崩しかけたもののなんとか体勢を立て直して、横を見やりました。  そこには20代くらいの女性の姿がありました。彼女は私に対し慌てた様子で頭を下げると、 「す、すいません! 急いでいたもので、大丈夫ですか!?」と謝ってきました。プール内で頭を下げたので顔が水面に没したのが、少し可愛いかったです。 「あ、いや、大丈夫ですよ。そちらこそ大丈夫ですか?」  まあ、ちょっとぶつかられたくらいだし、ちょっと柔らかい感触もあったりしたので特に気にすることなく私はそう応じました。 「あ、はい、大丈夫です。本当に申し訳ありませんでした!」 「あ、いや、別にいいですよ、あんまり気にしないでください。じゃあ、私はもう行きますので」 「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした!」  何故か彼女は何かに耐えるかの様な表情を浮かべていたのが少し気になりましたが、取り敢えず帰ろうと思い直し、泳ぎ出そうとしたところ、私の動きは再び止まりました。  後ろから「ぁ…」と、か細い声が漏れたかと思うと、私は背に生暖かさを感じたのです。プールの中にいるのだから、水温はある程度一定の筈で、不意に上がったりする事は考えられません。生暖かさは数瞬の後、消えさりましたが、私は言い知れぬ悪寒を感じました。  ゆっくりと背後を見やると、先程の女性が何とも言えない表情を浮かべてたたずんでいました。ただ、心なしか、スッキリとした様子でもありました。  女性は私の視線に気付くと、無言で顔を背ける様にしてプールサイドへ向かい、更衣室の方へ去っていきました。  あの時感じた妙な生暖かさは一体なんだったのでしょうか?  そして、無言で去っていった女性の態度…。  今、思い出しても不可思議な悪寒を感じ得ません。  ──それが私の体験した、ある暑い日の不可解な出来事でした。
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