驚かせるつもりはなくて、ただここにいたいだけだった。

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男に裏切られた。 男に騙された。 男に殴られた。 男に金を取られた。 その男は私に、結婚しようって、言ったんだ。 幸せにするって言った。 愛しているって言った。 君だけが好きだって言った。 君の全てが欲しいって言った。 その男に、自転車を取られた。 その男に、車を取られた。 その男に、唯一持ってたブランドバッグを取られた。 その男に、時計、貴金属を取られた。 全てを奪いさってなお、まだ。 私に寄越せと言うんだ。 「もう、あげるものはない」 そう、言った。 男は、笑った。 男は、キレた。 男は、殴った。 男は、蹴った。 男は、言った。 「なけりゃ、作れ」 意味がわからず、考えられるほど頭はもう、動かなかった。 でも男の声は、床に横たわる私の頭に降ってきた。 「売ってでも、作れや。なぁんもなくても、あんだろ?……いいトコに売ってやる」 男は、私を売った。 抵抗する気も起きなくて、いっそこのまま息絶えれば……楽だと思った。
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