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女子トイレの個室。
洋式便器がひとつ。
便器の後ろに水が入ってるタンクがひとつ。
トイレットペーパーのホルダーがひとつ。
その上に、予備のペーパーがひとつ。
天井に傘をかぶった電球がひとつ。
ドアの内側にスライド式の鍵がひとつ。
鍵はきちんと己の意味を成し、私の手によってこの個室を外の世界から切り離した。
今、私の所有物がひとつ、増えた。
仮初めでも。
今だけでも。
ちょっとだけでも。
便器に腰掛けると、体から力が抜けた。
すると、公衆トイレの個室はかなり臭っていた。
でも、それでよかった。
私はもう、体臭すら持ってないだろう。
体が軽くなった。
でも、私は縛り付けられて動けない。
男への怨み。
重くて重くて、持っていけない。
男への怒り。
辛くて辛くて、消えてくれない。
男への悲しみ。
深くて深くて、掬えない。
私はなんて、愚かだったの。
私はなんて、馬鹿だったの。
私はなんて、弱かったの。
私はなんて、臆病だったの。
私はなんで、産まれてきたの?
それでも、あの男は私を愛しているって言った。
言ったの……。
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