救急車

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救急車

 もう夜中といっていい時刻に、近くで救急車のサイレン音が響いた。  家は静かな住宅街の一角にあり、大通りとはそこそこ距離が離れている。だから普段は、救急車の音など聞こえても家に響き渡りはしない。  それがやけに近くで鳴り響き、ふいに止まるものだから、家族全員で慌てふためいた。  こんなに近くで救急車のサイレンが途切れるなんて、ご近所の家のどこかに呼ばれ、そこに到着したからとしか思えない。  高齢者は何人もいるけれど、救急車を呼ぶような持病を持っている人はいない筈だ。となると、家庭内で何か事故でも起こしたのだろうか。それとも脳溢血などの、ふいの病気が発症したのか。  瞬間的にそんなことを考え、家の中で聞き耳を立てていたけれど、サイレンが再び鳴り出すことはなかった。  気のせいだったのか? いや、あんな大きな音を何かと聞き間違えることはない。  時間も時間だし、近所迷惑になるからと、大通りに出る直前まではサイレンを鳴らさず走ってもらうとか、そういう依頼をしたのかもしれない。  何にしろこの件は、明日、近所の井戸端会議のネタになるだろうから、そこから情報を得ればいいだろう。  そう思い、あえての詮索をやめた。  けれど翌日、近所から望む情報を得ることはできなかった。 「救急車? そんなの来てた?」  顔を合わせたご近所衆の誰もが、判を押したように同じ返事を繰り返す。  それがあまりに続いたから、いつしか自分の中にも、救急車のサイレン音は何かの聞き間違いだという考えが生まれた。  だけど。  翌日も、また翌日も、同じ時刻に救急車のサイレンは響き渡る。次の日に近所で聞いても誰も聞いてないサイレンが響き続ける。  その状態が『不思議』から『不気味』に変わった頃、本物の救急車が夜の中をやって来た。
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