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☆☆☆
それから10年が経過していた。
19歳になった俺は目の前の女性を見つめて、あの時ことを思い出していた。
あの時、俺たち3人はあの池へ行ったのだが、結局池に結婚相手の顔が映ることはなかった。
2人は「マサヤ君の顔が見える!」とか「カオリちゃんがうつってる!」なんて言っていたけれど、最後に俺が池を覗き込んだときには、波で少し歪んでいる自分の顔が見えるだけだった。
あの2人は、後ろから池を覗き込んでいたから、それで互いの顔が水面に映って見えただけだろう。
「なぁ、俺と結婚してくれないか」
付き合って3年目になる彼女はそんな俺の言葉に顔を赤くし、だけどうれしそうにほほ笑んだ。
ロケーションは最高で、夜の海が見えるレストランを予約していた。
暗い海の中に浮かんでいる客船の明かりが、まるで星のように輝いて見える。
12時を過ぎれば俺は20歳になる。
その前に、彼女にプロポーズをしようと決めていたのだ。
一生忘れられない誕生日になる。
そう思い、俺はほほ笑んで彼女に指輪を差し出した。
今日の為に貯金をはたいてかったハート型のダイヤモンドの指輪だ。
彼女が嬉しそうに指輪へ手を伸ばす。
その、瞬間。
トンッと誰かに体を押される感覚があり、俺の手から指輪が転げ落ちた。
彼女が驚いた顔をしている間に俺の体はガラス窓を突き破り、暗い海へと落下していった。
海へ入る寸前、何度も岩にぶつかり体のあちこちを負傷した。
痛みにもだえる暇もなく、俺はまるで人形のように無抵抗なまま水面へと打ちつけられていた。
目を開ければ、彼女と一緒にいたレストランの明かりが遠くに見えた。
あぁ……俺には結婚相手の顔が見えなかったのは、プロポーズの答えを聞く事もできなかったからなんだ……。
消えていく意識の中、俺はぼんやりとそんな事を考えたのだった。
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