第1章

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※※※ 田舎の朝は早い。 オーケストラの指揮者がタクトを振り下ろしたのかと思う位に、クレッシェンドを効かせて一斉に蝉が鳴き始めた。 障子から漏れた光と久しぶりの敷布団の感触に自分の東京のマンションじゃない事を思い出す。 俺が帰ってくるからわざわざ干してくれたらしい布団は田舎の太陽の匂いがして自分の部屋よりもよく眠れた位だった。 俺の故郷は相当な田舎で東京から新幹線で3時間、その後電車とバスを乗り継いで2時間半かかる。マレーシアのボルネオ島に行くのとそんなに変わらない位の移動時間だ。韓国や沖縄の方がまだ近い。 帰省したのは7年振りになる。 父ちゃんが亡くなって以来だ。 広いだけの古い家に母ちゃんは一人で住んでいた。 普段は朝飯は食べないが、ご飯の炊けた匂いに刺激されて腹が減った。 漬物とメザシに白いご飯と味噌汁、久しぶりの母さんの朝飯は凄くうまそうだ。 味噌汁をすすると思わず声が出た。 「ふぁー、うんめー!」 母ちゃんはそんな俺を見て笑った。 「昔は味噌汁なんか、あんまり飲まなかったのにね。武夫(タケオ)も年をとったわね」 「32歳だよ……もう、おっさんだ」 「あんた、お嫁さんもらう予定はないの?」 「ないね……この間、振らちゃったばっかりだよ」 誤魔化す様に笑うが話題は変わらない。 「残念……早く孫の顔見せてよ。あんたの同級生の酒屋の柏木くんはもう、小学2年生の男の子が居るんだよ。」 あの柏木がそんな大きな子供の親なんて信じられないな。 柏木は怖がりで、河童の伝説がある村の大池を怖がっていたからよくからかって遊んでいた。 俺は子供の頃に本当に河童を見たんだが、今となっては見間違いだったのかとも思えてくる。 懐かしみ、思い出し笑いをしていると母ちゃんは話題を変えた。 「今日は何する予定だい?」 「ああ…久しぶりだし、村を散歩するよ」 俺は久しぶりに大池に行きたくなった。
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