午前2時の浴槽

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ゆっくりとゆっくりと、影に顔を近づけていく。引っ越したてなのに浴室の電気がチカチカと点滅を始めた。 「未水様……?」 応答はない、相変わらず満面の笑みでそこにいるだけ。それだけなのに、初めて自分の笑顔をここまで不気味だと感じる。 不思議な感覚だ。不気味で気持ち悪いのに、何故か目が話せない、なぜか吸い寄せられる。 その時、水面が裂ける大きな音がした。驚いて顔を離そうとしたが、何かがそれを阻止した。 見たこともない白い手が俺の頭を掴んでいた。 そしてそのまま俺は水の中に引きずり込まれた。視界が反転し、酸素が体から抜けていく。 衝撃によって生まれた気泡が消えて、徐々に視界がはっきりとしていく。 水面の向こうに何かが見えた。 相変わらずの笑顔でじっとこちらを見つめているそれは、紛れもなく俺の姿だった。 さっきまでと変わらない光景、しかし一つだけ、お互いの位置だけが先程と逆転していた。 「え」 そこで初めて気付いた。 水中から出られない。 苦しい。 口から空気が溢れ出ていく。 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
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