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一流大学に入れば、いい会社に入れて一生人生安泰できるというステレオタイプの価値観が多くの国民の心を支配していた。
折りしも高度経済成長時代、誰も何も考えずに突っ走ればそれでよかったのかもしれない。
しかし、私の精神状態はほぼ正常と異常の境目に近づきつつあった。高校3年間を勉強につぶし、さらに仕上げの受験勉強をやらねばならぬ。受験日が近づくにつれて、深夜、住宅街を徘徊する私の姿があった。おそらく、ストレスがマックスにかかった状態だったろう。将来のことなど何も考えていなかった。ただいい大学に早く受かって楽になりたかった。全てを終わりにしたかった。私の頭にはそのこと以外何も考えていなかった。そんな努力の甲斐もあったのだろう。早稲田の法学部と商学部に現役で受かった。合格発表日のことは今でも鮮明に覚えている。うれしかった。そして、全てが終わったと思った。
これで楽になれる。
合格手続きの日、ひと悶着あった。手続きを終えた新入生を待ち構えているかのように、赤旗新聞の女性が勧誘しているのである。なんのことか良く分からず気軽に署名してしまった私は、帰宅してそのことを母に話した。
とたんに母の顔色が変わった。「そんなことをしたら就職できなくなるわよ。今から私が行って取り消してきてあげる」
母はすっ飛んで家を出て行き、赤旗新聞の購入を取り消してきた。私はその様をぽかんと見ているだけだった。
ただ、大学というところは油断のならない怖いところだと思ったのもそのときである。
赤旗新聞を購入して、私が共産党員にでもなれば就職できなくなることを母は心配したのであろう。
しかし、私にはそんなことはどうでもよく、ただただ疲れていた。高校の卒業式を終え、大学の入学式までの間、2週間ほどあったと思う。
私はただただ疲れていた。
そんな時、父は職場の上司で、私が入学する大学の先輩である裁判官に会わせるから、昼食時に有楽町に来いと命じた。私が法学部を受けたのは、法律が好きだからでもなんでもない。将来のことを考えるより、私は今までの勉強中心の生活から自分を解放し、十分精神も体も休める必要があったのだ。
受験勉強に全エネルギーを注いで、もう私には余力が残っていなかった。
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