逃げてきた男

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しかし、翌日、下山し、駅へ向かうバスを待っているとき、私は皆から離れ、一人タクシーを拾い、駅に向かい東京へ帰ってしまったのである。これは異常な行動といわなければなるまい。なぜこんなことをしてしまったのか? バスを待っている間、上級生も下級生も皆楽しげに会話していた。しかし、わたしはその会話の中に入っていけず、一人、ポツンと取り残されたような心境に陥った。そして、その場にいるのがいたたまれなくなり、逃げ出してしまったのである。 ここがまさに私の人生の岐路だったと思う。 歴史にIFが許されるとするならば、私は30年前の下山時のバス乗り場に戻って、その場に我慢して残ってみんなと下山したかった。たとえ、どんなに孤立感にさい悩まされようと、存在感の薄い男として無視され続けようと、その場にしがみついていたかった。いやいるべきだったのだ。そうしていれば、その後の大学生活や 職業生活が違ったものになってきていたとはっきり理解できるのである。ここが私の人生のまさに岐路だった。 しかし、現実は違った、私は人間関係から逃げてしまったのである。そして東京に戻って翌日から大学にもいかなくなってしまったのである。 サークルから離脱し、学校に行かなくなったことで語学クラスの人ともつながりが切れた。 高校のクラスメートで同じ大学に入学した連中と野球観戦に行ったりしてかろうじてつながっている感じだった。 ほとんど学校へ行かなくなった私はどこへ向かったのか? それは受験生時代、足繁く通った県立図書館だった。ここで1日ぼんやり過ごす日が増えた。 それは間違いなく、目標を失って、燃え尽きてしまった男の姿だった。 ある日、図書館で中学時代のクラスメートだったH君と出会った。F君は浪人中で図書館に通っているとのことだった。 私は法学部に進んだことを話し、見栄を張って検事を目指していると言った。 大学に通っていないのに何と言ううそつきな男なのだろう。 自称優等生できた私にとって学校に行かないという事実は、大きなショックを私に与えた。挫折感といってもいい。
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