179人が本棚に入れています
本棚に追加
鈴音は目を見開いたまま固まっている。
驚いたというより、何が起こったのか、よくわかっていない顔だ。
そのポカンとしたツラは、水風船が顔に当たったガキみたいで、
表面に騙されて、人を信じるのもいい加減にすればいいと夏樹は皮肉に唇を歪める。
それでも徐々に思考が復活したのだろう。
「夏っ……」
鈴音が悲鳴のような声をあげかけたところで、
「もう帰りたい!」
対象の女の子の方が大声をあげた。
「!」
「!」
夏樹の体は一気に緊張する。
鈴音もそっと椅子に腰をおろした。
でもテーブルの上に乗せられている鈴音の手は、固く拳に握られている。
夏樹はそれを見ないフリして、対象のふたりの会話に耳をかたむける。
「もう、ママんとこ帰るよ!」
女の子は泣きそうな声だ。
ただごとではない様子だが、男がまあまあと宥める仕草をすれば、それ以上の声は聞こえなくなった。
女の子もうなだれるように俯いてしまい、顔は見えない。
テーブルの上に乗っていたジュースを手に取ってストローを咥えた。
風向きの方角が悪いのか、ふたりが何を話しているのか、まったく聞こえてこない。
耳をすますが、ダメだ。
今の状況がわからない。
もう少し近づくか?
いや不自然だし、夏樹の側には鈴音もいる。
最初のコメントを投稿しよう!