2人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
軍部の男は怒っていた。
「これは一体どういうことです? 部下に命じて急遽、会見を中止させたんですよ。説明してください、博士!」
博士は言葉に窮してしまった。
もともと『どもり』がひどい上に、男に怒鳴られたのでは、声なんて出るはずもなかった。
腹の収まらない男は、控え室で暴れている。
ロッカーを蹴飛ばしたり、花瓶を投げ割ったり、博士の部下の技官に怒鳴り散らしたりした。
そして、ついに男は、
「ちくしょう。なんて様だ。補助金は即刻打ち切りだ」
と、激高しながら、会見場をあとにした。
◇
博士は貧乏になってしまった。
地位も失った。
学会から追放されて、皆に白い目を向けられるようになった。
博士は、人気のない森閑とした山荘に身を隠すよりほかなかった。
しかし、すべてを失ってしまったかに見えた博士であるが、実は彼は、かけがえのない大きなものを得ていたのである。
「ようこそ、我が館へ」
博士の声はどもっていなかった。
「お招きいただいて光栄です、博士」
返事をしたのは、あの自我を持ったコンピューターである。
博士の人格を核として成長したコンピューターは、やはり『どもり』であった。
しかしながら、博士もコンピューターも、自分自身と話しているときは、不思議とどもらなかった。
この珍妙な二人は、博士の人格を核にしてできている。
二人の会話のことごとくは、お互いに独り言の延長として認識され、『どもり』がでないのである。
博士の心の平和は、こうしてもたらされた。
くしくも、博士らは、お互いに初めて友達を得たのである。
人の感情は、理解できずじまいであるのに……。(了)
最初のコメントを投稿しよう!