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自由に移動できると言ってもそれほどあちこち出かけているわけでもない。大学とアパートとアルバイト先をぐるぐる回り、あとはたまに一番町の大きな本屋に行くぐらいが賢治の行動範囲だ。仙台市内からさほど遠くないとは聞いているが、温泉にも海にも、当然のごとく松島にも行った事は無かった。何度か誘われたこともあったが、バイトがあるからと言って断っているうちに誘われることもなくなった。
三年も住んでいるのに近所に馴染んでいるわけでもない。いまだにアパートの近所でも一本違う道に入ってしまうと迷いそうになる。いや、迷う。数日前もバイトの帰りに何となく曲がった道で方向がわからなくなり途方に暮れてしまった。
同じアパートの他の部屋の住人たちは三年の間にころころと変わっていた。学生風もいれば年をくった会社員風もいる。歩くだけでミシミシと軋む廊下で軽く会釈をする程度のお付き合いでしかないので詳しいことはわからない。
毎日真面目に通っている大学でも似たようなものだ。同じ学部の同期であれば顔と名前は大体わかっているが、新歓コンパや追い出しコンパにもお付き合い程度にしか顔を出さなかったし、講義や実験で毎日のように顔を合わせている連中とも、わざわざどこかに遊びに行くようなことはしなかった。子どもの頃から友達付き合いは苦手だ。ひとりで苦にならないと言うより大勢だと落ち着かない。エンジョイ・キャンパスライフ、みたいな話は自分とは別の世界の話だと割り切っていた。
料理はともかく、掃除や洗濯がこれほど面倒なものだとは、一人暮らしの気分はそんな感じだった。とは言うものの、そういう生活も三年も続けるとだいぶ慣れてくる。コインランドリーでの洗濯も、本でも読みながら待っていることが習慣になってしまえばどうということもなかった。
友達がいたほうがいいかな、と思ったのは一度ひどい風邪を引いてしまった時だ。実家であれば親が面倒を見てくれるが、風邪をひいてもひとり。その時ばかりは電話したら駆けつけててくれるような友達がいないことが心細かった。直ってしまえばそれも忘れる。
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