恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

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「まあな。 お前がよければ、 水野に食わせたいおちんがあるんだ」  タクシーの中でおちんか、 と眉を下げたがドライバーは気にするようすもない。 仲倉も平然と口にしているが、 この場合「お駄賃」ではなさそうだ。 「この時間から(おちん)か。 そんなに美味い?」 「お前みたいに高級じゃないし、 俺のは喉につまるかもしんねえけど」  とても卑猥に聞こえて酔いすぎたなと自嘲する。 つい微笑んでしまったが、 仲倉は真剣な顔をしていた。 「ごめん。 俺酔ってて、 まともじゃないかも。 なんか……すごく、 美味そうに聞こえる」 「なら遠慮せず食ってけよ」  本気か?と思わず問い質してしまいそうになるほど、 仲倉の眼が潤んで見えた。
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