恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

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「……へえ。 それは初耳だな」 自分でふった会話に傷ついて、 焦ったせいか中身のないジョッキをあおった。 仲倉のノースリーブの胸元にはシルバーのタグが揺れている。 じっくり見せてもらったのは、 欲しいと強請ったときに一度だけだ。 ただの親切だったことに気づいて胸が痛んだ。 水野もつい癖で触ってしまうようになり、 シャツの胸元を(はだ)けてタグをもう一度かけ直した。 ふと顔を上げると、 また仲倉と視線が絡む。                  「すまん、 トイレ」 「ん、 ああ」 仲倉が席を立つのを見計らって、 胸元のタグを引き出した。 なんのヘンテツもない銀のプレートには理哉(さとや)の名前と血液型、 誕生日、 そして小さな飾りの象形文字が彫ってあるだけだ。 それでも、 仲倉の視線は一度胸元で止まり、 理哉を見てから席を離れた。 気になって机に置いたままにしている携帯を手にした。
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