恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

15/26
前へ
/26ページ
次へ
仲倉がジーンズのポケットに手を入れたまま戻ってきた。 翻訳に夢中になっていたせいで、 店員がきたことすら気づけないでいたらしい。 理哉は先にテーブルに並んだ刺身を小皿にとって、 何事もなかったように口にする。 「悪い、 少しもらった」 「いつも勝手に取るくせに? 俺にもしょうゆ」 腕を伸ばした先に揺れる仲倉のタグを思わずつかんだ。 さっき心臓が飛び出すほど驚いたことを教えてやりたい。 「そういやさ。 仲倉のにはついてないな。 この模様」 つるっと指先から落ちるしょうゆがガタガタとテーブルの上を転がった。 「セーフ。 すごいな、 こぼれないようになってるのか」 感心するふりでしょうゆ挿しを拾うと、 仲倉の小皿に取り分ける。 ちらと見上げると一気に色をなくしたような仲倉の顔が見えた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加