恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

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理哉は修行といえど和菓子職人ではない。 職人を雇う側の人間で、 全国に店舗を持つ恋蛍で経営の勉強をしている。 店にいるときは白い作業着もどきだが、 今はサラリーマンと同じく灰色のパンツスーツに袖をまくった恰好だ。 首からは社員証をさげていて、 名前も一年と経たずに覚えられた。  ――そろそろ時間だ。 恋蛍の店舗裏には地方から材料を運んでくるトラックが搬入される。 一日に二回、 もう三年も顔を合わせているドライバーは理哉の友人になった。 「オラーイ、  オラーイ、  ストーップ!」 五tトラックの窓を開け、後ろを振り向く仲倉荘平(なかくらそうへい)とは 理哉(さとや)が恋蛍へきてから知りあった。 ぎこちない挨拶も仲倉の気さくさにほぐされていって、 あっという間に飲みにいく間柄に発展した。
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