第1章

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「あら、新入りさんね。こんにちわ」 「あ、どうも、その、これからよろしくお願いします」  目の前にいる、パート職員の中年の女性に、正良と彰は深々と頭を下げた。何事も最初が肝心であると、二人とも肝に銘じて来ていたらしく、学生時代の惚けた様子などここでは微塵も見せずに、すれ違う人全てに挨拶して回った。そんな中、廊下で、利用者と思わしき、白髪交じりの女性が、車椅子を自力で動かしながら、俺達の前に現れて、皺だらけの顔をさらにクシャクシャにして微笑みかけてきた。 「おんや、あんたら新入りかい?」 「はい、これからよろしくお願いします」 「よろしくね、まあ、あたしゃもうすぐお迎えが来るがね」 「そ、そんなお迎えだなんて」  正良と彰は思わず苦笑してしまった。そんなことは無いと否定するわけにも行かないし、かといって、そうですねと同調するのも正しくは無い。だから、結局、ここは愛想笑いを浮かべてやり過ごすしかなかった。しかし、それが老婆の勘に触ったのか、彼女は眼に見えて不快な色を顔全体から出すと、二人の顔をじっと見つめて、重い口を開いた。 「あたしゃ、世間話でこんなこと言っているんじゃないよ。もうすぐ、あたしは殺されるのさ」 「え、殺されるって?」  正良は自分の心拍数が上昇していることに気が付いた。老婆は眼を細めながら、音量を低くして話し始めた。 「このホームに殺されるのさ。ここに入るとね。皆死ぬのよ。あたしの隣の席の人も、皆でご飯食べてる時に、急に苦しみ始めてね。ありゃあ、きっと事故じゃない。殺人よ。殺人・・・・」  正良は老婆の声に心底震えあがると、そのまま思わず後ずさりしてしまった。すると、隣にいた彰が、彼の肩をポンポンと優しく叩いて、耳元でそっと呟いた。 「研修でも習ったろ。認知症なんだよ。この人のことを全て鵜呑みにしちゃいけない。中には妄想だってあるだろうし、適当にスルーしときゃ良いんだよ」 「あ、ああ・・・・」  正論だとは思うが、正良としてはイマイチ腑に落ちない部分があった。彼女は彼女なりの考えを持って話しているかも知れないというのに、それを病気だから、認知症だからと、簡単に片づけるのは好きになれなかった。 「後でさ、所長か、ここの介護リーダーさんに聞けば良いだろ。そんなに死んでるのかってね。まあ、俺としては特養なんて、終の住処だから、死は当たり前と思うがね。
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