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ある蒸し暑い夏の日の昼下がり、少女は電車が迫る線路へと身を投じた。
決して特別な美人ではない。しかし、愛嬌のある可愛らしい顔だちのはずだ。笑顔を家に忘れてきたかのような無表情。
教室に入り、一番奥にある彼女の席に座るまで、誰一人少女に話しかける者はいない。
授業が始まり休み時間があり、また授業があり、休み時間となる。
少女はずっと無言だった。
また誰も少女に話しかける者はいなかった。
虐めのきっかけは些細なことだった。それも少女が悪いわけではない。
母親がパート先で何気なく貰ってきたアイドルの下敷き。
それは、クラスの女子グループのリーダー格が好きなアイドルの限定グッズだった。
リーダー格の少女は、それを自分に譲るように言い、少女はそれを拒否した。
「無視」が始まり、それは拡散された。SNSによるいわれなき誹謗中傷も頻繁に繰り返された。
少女の心が崩れ落ちるのに、それほどの時間はかからなかった。
事件はマスコミでも取り上げられ、執拗な犯人探しが行われた。
しかし少女の両親が負の連鎖を断ち切るため、それを止めるよう要請、各自が暗鬱な思いを残したまま事件は終幕を迎えた。
…かに思えた。
一年後。
ある蒸し暑い夏の日に少女のクラスメイトが電車に飛び込んだ。
あのリーダー格の少女だ。
クラスメイトたちは皆、口には出さなかったが、何が起きたのかを知っていた。
「あのこがいる!」
亡くなる数ヵ月前から、リーダー格の少女は異常な言動をみせていた。
突然、教室の隅を指差してそう叫んだり、授業中に蒼白な顔で立ち上がり、そのまま教室を飛び出したりした。
目には隅が浮かび、頬は痩せこけた。
病院に連れて行かれたものの精神的な病とのことでしばらくの静養を指示された。
繰り返された悲劇は、そんなある日のことだった。
その日、少女がなぜ静養中の自宅を抜け出して電車に乗ろうとしたのか、そしてなぜ飛び込んだのかは、大人たちには判らなかった。
しかし、少女のクラスメイトたちは全員知っていたのだ。
スマートフォンのSNSでクラスメイトたちだけに投稿された写真。
誰が送ったのか判らない写真。
そこには、あの亡くなった少女が笑顔でリーダー格の少女の手を引いている姿が写っていた。線路に立って手を引く姿が。
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