トレード・オンザ・ブリッジ

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綾子を呼ぶかーー。いや、巻き込むだけだ。 僕一人でやりとけなきゃ。 「行けや!」と怒号が飛ぶ。 腰が抜けたふりをすればあるいは諦めてくれるかもしれない。 それよりも、僕がここでしばらく踏ん張れば誰か大人が通りかかってくれるかもしれない。 そんな思考が頭の中にぼかっと浮かんでくるが、 同時に別の思考が、 この時間のこの場所に普通は誰も来ないぞと冷めたツッコミを入れる。 「早よこいよー」 下の方から声変わり前の少年の声が風とともに登ってきた。 照りつける太陽の下で僕は、寒気に体を震わせていた。 汗が噴き出すたびに、身体中の体温が流れ出しているかのように感じる。 「浩二」 「早う飛べや!」 「なんで」 「もやし! 男みせや!」 子供とは思えない恐ろしい声に、どん、と背中を押された気がした。 叫びながら必死に欄干を突っ張る。 よたりながら道路側に尻から倒れこむ。 ぐしゃっ、と左手が何かを潰した感触に、はっ、とそれを見る。 持ってきた菊の花束が手の中でねじり折れていた。 僕はここに来た目的を思い出す。 とっさに掴んでそれを盾のようにめちゃくちゃに振り回しながら振り向いた。 「浩二、僕や!」 熱されたアスファルト道はわずかに揺らめいていた。 山林の枝葉のざわめき、蝉の甲高い鳴き声、青空に張り付いた雲。 僕らが乗ってきた自転車が折り重なって橋のたもとで倒れている。 振り返った先には誰もいなかった。 僕は目を閉じて、長く息を吐いた。
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