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橋の上には脱ぎ捨てられた白シャツや靴や鞄が散らばっている。
それをちゃんと揃えておくのが身体の弱い僕の役割だった。
お調子者のひとりが何者かに銃撃された演技をしながら欄干から転落していった。
それを見て他の子供達もがぜん盛り上がり、次々と欄干から転がるように飛び降りていく。
「足からちゃんと落ちろよ。腹からだと内臓口から出んぞ、ぎゃははは」
そう注意を叫ぶのが、僕と同じ最年長の浩二の役目だった。
「気抜いたら川底に持ってかれるから、落ちたらすぐ水面さ目指さねば駄目だぞ」
下の方から次々と水柱が立つ音がする。
ドボーン
ドボーン
笑い声がこだまして谷を舞い上がってくる。
その一つ一つが涼しげで、僕は橋の上でそれを聞くのが好きだった。
「あのな」
「ん? なんじゃ」
浩二はちょうど欄干に飛び乗ったところだった。
「ん、いや、後でええわ」
「ほうか。んじゃ、俺も行くぜ」
浩二が子供の足幅と同じ程度の欄干に平然と仁王立ちし、山全体を吸い込むように大きく深呼吸する。
そして、カワセミのように飛び立った。
やっぱりこの後に続くのは無理だ。そう思った。
東京からこっちに引っ越してきてから、ずっと身体の弱い自分を守ってきた。そうすることで、やりたくないことをやらずに済んだ。
はじめはそれが楽だった。うまいやり方だと思った。大人にだって負けない知恵だと勝手に思い込んでいた。
気づいた時には、やれることすらやらせてもらえない雰囲気になっていた。
やりたいことを、無理するなと相手にしてもらえないようになっていた。
だけど、浩二の飛び込みを見ていたら自分の中の震えが抑えきれなくなっていった。
彼のように、大きく、綺麗に、生きてみたいと思うようになっていた。
だから、今日は浩二の後に飛ぼうと思っていた。
しっかり水着も履いてきた。
でも、浩二の飛び込みを見ると満足してしまっている僕がいる。
今日も言い出せそうにない。
欄干から覗き込むようにして浩二の姿を追った。
まるで大砲から発射された弾のように、ぐんぐん眼下の川へ迫っていく。
いつものように水柱も少なく水面に吸い込まれていくのだろう。
川の中で子供たちが歓声をあげる準備をしていた。
いよいよという瞬間、あたりが急に涼しくなった。
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