みのうえ

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ぼくが生まれた部落では、"幸せの仮面"という伝承が伝えられていた。それは黒曜石で作られた仮面で、それを手にした者には望む幸せが舞い込む、というもの。 初めてその話を聞いたとき、ぼくはそれはもう星みたいに目を輝かせていたらしい。なんとも恥ずかしい話だけど、それはまだぼくが何も知らないような子どもだった時の話だから大目に見て欲しい。 ぼくが目を輝かせていたのは夢物語を聞いたからではない。"幸せの仮面"のことを話したお爺さんが、仮面を実際に手に入れて「大きな幸せ」を授かったと聞いたからだ。 大きな幸せとはなんなのか。大きくなればわかるとお爺さんは言ったけど、そんな悠長なことは待っていられない。お爺さんは部落を出て探しに探してやっと見つけたモノで、そして今は手元に無い、と朗らかに言っていた。 なんで朗らかでいられるんだ! 必要なくなったからって、なんで失くしちゃうのさ! つまりは、幸せの仮面を手に入れたければ外の世界に出ていかなければいけないと言いたいらしい。 部落を出るには十歳になり自分だけの仮面を彫り上げてからでないと許されない、という戒(かい)がある。早い話、一人前と認められなければ一生子どものまま部落を出ることは叶わないのだ。 早く明日にならないかなーなんてことをお母さんに叱られるくらい毎日毎日言い続けて。待っているのは性に合わないから、木材も顔料も自分で用意して、彫刀(ほりがたな)はお父さんから借りた。それからは十歳のその時を迎えるまで、何個も仮面を作って練習した。 待ちに待った十歳の朝を迎えると同時にぼくは一心不乱に魂を込めて仮面を彫り始め、丸一日寝食を忘れて創り上げた。完成すると同時にぼくは倒れ、そのまま三日間眠り続けたそうな。 完成した仮面を長のもとへ見せに行くと、手に取るなり、うむんと唸って「着けてみろ」とぼくに言った。着けるための紐は付けていなかったから手で持ったままだったけど、そこはあまり重要ではなかったようで。仮面を着けたぼくを見て、長は声に重みを込めて言った。 「わかるか。その仮面に込められたお前自身の魂を」 正直よく分からなかったけど適当に頷いていたら、長は満足そうに頷いてニカッと笑った。 とんでもない逸材じゃ、お前は稀代の仮面彫りになれるだろう。 ぼくは仮面のまま首を傾げた。
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