押しボタン式信号機

1/2
前へ
/2ページ
次へ

押しボタン式信号機

 友人の家の近くに押しボタン式信号機がある。  そこを車で通る際、何度か、側に誰もいないのに信号が切り替わることがあった。  最初は、昼は普通の信号だけれど、夜だけ押しボタン式になるタイプの信号機かと思っていた。だけどその信号機は、昼だろうと夜だろうとボタンを押さなければ変わることがない代物らしい。  いたずらにしては誰かがいる様子もないし、単純に考えれば、何かの弾みでスイッチが切り変わってしまうという故障が発生しているのだろう。  そもそも、歩行者側が青になった場合、車は赤信号を見て止まるだけだから、これが原因で事故が起こるということはない。だから渡る人間もいないのに信号が切り替わっていても、今日は故障してるなという認識しか持っていなかった。  そんなある日。  友人宅に向かう途中、例の信号機が赤色になるのが見えた。だけど案の定、近くには人っ子一人いない。  いつもならばそれでもブレーキを踏み、止まる。けれどその日は約束の時間に遅刻しかけていたため、若干気が急いていた。  どうせ故障だ。人がいる訳でもないのだからわざわざ止まる必要はないだろう。  そう考え、私はあえて車をそのまま走らせた。 「!!!」  ふいに女性らしき姿がフロントガラス前方に現れ、私は大慌てでブレーキを踏みつけた。  物音や衝撃はなかったが、あの距離ではブレーキは間に合わない。確実にぶつかった。  動転しながらも車の外に降り、ボンネットの向こうを窺った。けれど先刻目にした筈の女性の姿はどこにもない。車の周りや下も隈なく探したが、やはり周辺には人っ子一人いない。  何が何だか判らず、私は車に再び乗り込んだ。それでも暫くは動揺が収まらず、私は車内からぼんやりと外を窺った。  ここから見ても誰もいない。先刻のあれは何かの見間違いだったのだろうか。  首を傾げながらエンジンをかけ、そろそろと車を前進させる。バックミラーにもサイドミラーにも映るものはない。それでもどうしても気になって、私は車を一旦停止させると、座席から首を捻じ曲げ、鏡越しではなく車の後方を窺った。  故障が続いているのか、車両側の信号はずっと赤のままだ。そして、同じ色の赤色が、まるで流れた血液のように横断歩道をべったりと濡らしていた。  それを目にした瞬間、今度こそ躊躇をかなぐり捨て、私はアクセルを踏んでいた。 * * *
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加