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考えがまとまらず黙りこくった俺の前で、友人は洗濯機に近寄った。
「お、おい、やめろって!」
蓋は開いている。
少し近寄れば、簡単に洗濯槽の中を覗けてしまう。
「やめろってば!」
「おい……これ……」
俺の発した大声を遮るように、友人が洗濯槽の中を指さした。
「うっ……」
友人の指さした先にあったのは、絡まりあった白髪の束と……薄汚れたプラスチック片のようなもの。
「何だよ、これ……こんなの知らないよ……」
「なあ、この散らばってるのってもしかして……」
その言葉に目を凝らす。
楕円形の薄い破片。
茶色く汚れた、灰白色の破片。
「つ……爪じゃないのか?」
指先から無理矢理に引き剥がされたであろう、爪の群れ。
へばりついた汚れは血液か?
俺の頭の中で、何かの回線がプツンッと切れた感じがした。
無言でその場から離れ、流しの下からガムテープを取り出した。
まだ中を覗きこんでいる友人の目の前で洗濯機の蓋を閉め、ガムテープを巻きつけた。
手の届く限り背面から正面に向けて。
側面から側面にかけて。
隙間もないくらいにギッチリと、ありったけのガムテープでもって俺は洗濯機の蓋を「封印」した。
何も考えられない。
とにかく、この蓋を閉じてしまわなければ。
開かないように、開かないように。
厭なモノが出てこないように。
友人に腕を捕まれ、自分の指がなくなってしまったテープを剥がそうと芯を引っかいているのに気がつくまで続いた。
全身が汗で濡れている。
まるで呼吸困難になったかのように荒い息。
でもそれを、離れた場所から見ているような感覚。
まだ呆然としている俺の腕を引っ張り、友人は俺を静かに玄関へ連れ出した。
靴も履かずに廊下へ出され、ぼんやりしている間に友人が荷物と靴を持ち出してきてくれた。
促されるままに靴を履いていると、ガチャンと鍵のかかる音がして俺の頭はフッと正気に戻った。
「え? あれ?」
キョロキョロと首を巡らす俺に
「行こうか。帰りに美味いモンでも食っていこうぜ」
それだけ言って背中を押してくれる。
結局、友人の家には一週間ほど世話になった。
申し訳ないと思ったんだが、友人も「今、目を離すのが不安」だと言って自宅へ戻るのを引き止めてくれた。
精神的にも身体的にも落ち着きを取り戻した頃を見計らって、業者で連絡をし、洗濯機を引き取ってもらった。
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