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内裏に出仕した道真は、紫宸殿(ししんでん)前南庭の右大臣の席に列した。その日の南庭は、晴天で青空から陽光が明るく照らしていた。
南庭には、五位以上の公家が出仕して、列し座っていた。
やがて、紫宸殿に醍醐天皇が出御した。八角形の高御座(たかみくら)に着くと、詔(みことのり)を発せられた。
「神の血を引く朕の告ぐ大命(おおみこと)を、諸王諸臣百官万民みな、注意して聴きなさい。朕が即位して、宇多(うだ)上皇は、左右両大臣に朕を助けるよう詔を仰せ付けられたが、大臣等と相図って朝政を執ることはや五年になる。その右大臣の菅原(すがわら)公(こう)は、学者の身分から特別に抜擢して、右大臣に任命した。のにもかかわらず、止足の分を得ず、専権の心に溢れている。宇多上皇を佞媚(ねいび)の心で騙し、その御意思を欺き惑わした。しかし、上皇の気持ちを汲んで、朕は黙っていた。しかるに、菅原公はその優しいこころを思い遣ることすらなく、朕を廃立し斉世(ときよ)親王を擁立し、自らは天皇の外戚になろうと企んだ。まさに、親子の情を割き、兄弟の絆を絶たんとする腹黒さだ。言葉は温和だが、こころは邪悪である。とても、大臣の位に就くべき器ではない。早く法律に則って刑罰を加えるべきである。
ただ、特に思うところがあるので、右大臣を罷免し、大宰権師(だざいのごんのそち)に任ず」
橘の木の前に座して高御座の帳を見詰めていた道真は、初め、醍醐帝が何を言ったのか、理解できなかった。ただ、「大宰権師」だけが、頭の中に反響した。
――左遷?
大宰府に左遷という詔なのだった。「止足の分を知らず、専権のこころあり」とは、道真のことなのだ。今上天皇を「廃立し自分の血を引く親王を擁立しようと企んだ」というのが、その理由なのだ。
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