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太宰府に到着したとき、その荒廃ぶりは惨惨たるものだった。床はところどころ抜け、屋根もあちこち雨漏りしていた。大工仕事など何も出来ない道真だったが、自分でやらない限り、誰もしてくれなかった。
木の板や釘を探して、近所の人たちから貰ってきて、床に釘打ち、屋根を塞いだ。
それでも、居所のみすぼらしさは変わりなく、京の五条の邸が恋しかった。いかに、道真が恵まれた生活をしていたかを、思い知った。
ひとしきり荒屋を補修すると、それ以上手を掛けなくなった。慣れぬ労働をするよりも、居室でじっと座って耐えていたほうがましだったのだ。
廃屋の座は、小さな囲炉裏の前だった。大宰府到着直後は、まだ冬だったので肌寒く、囲炉裏の周りに、茂子と旧風(ふるかぜ)、そして道真が囲んで座していた。
大宰権師と言っても、役職名だけで実権を握らせないような勅だったので、毎日官衙(かんが)に出向く意味も必要も無かった。ただ、流謫の廃屋で、こころ空しく座していることが多かった。
しかし、文章博士としての血が黙らないのか、官衙に出向かない日は毎日、幼子ふたりには、読み書きや漢文を教えていた。道真は、文章道の基礎として、史記、漢書、後漢書などを紐解いて解説した。二人の幼子も、菅家の血筋のためか物覚えが速く、みるみるうちに漢語が上達していった。
しかし、一年目のある冬の朝、旧風が床から起き出してこないのに気付いた。横の布団の方を見ると、顔色の悪い旧風は寝汗を掻いている。どうも風邪に罹ったらしい。
常備薬があったので、風邪薬を飲ませた。食事も、御粥を作って食べさせた。しかし、一向に熱が下がりそうに無い。
布団を囲炉裏の方に持ってきて、火を炊きながら、旧風を休ませる。
布団を余分に掛けて暖を取る一方、水を絞った布巾を、額に当てて熱を冷まそうとするが、旧風の顔色は青くなる一方だ。
道真は、幼き命の危うい運命が救われるよう、仏様に祈った。
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