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「五月殿、酒をもう一杯くれぬか?」
美作信濃が席に座っている。頬に傷のある武士で優男だ。机には瓢箪と徳利が奇妙に並んでいる。杯にはまだ酒が入っていた。摘まみの漬物は既に空である。
「昼間からいいご身分だこと」
五月は信濃を横目に奥へと引っ込んだ。酒の代わりに唐辛子入りの水を作って信濃に渡す。とんと音を立てた杯の水を飲み干して信濃は揉んどりうった。
「――けほ」
何事か言いたげな眼差しを無視し、五月は座敷を陣取って動かない茶髪の青年へと近寄る。
「白羽。勉強は進んでいる?」
白羽は分厚い医学書を手に首を振る。
「実践は経験してきたけどまだまだ覚えることがたくさんある。五月さん、五月さんの知り合いに医者は居ないんですか?」
「昔は居たけれど今、生きているかわからないわね。名前も忘れたわ。医学なんて私にはわからない。それより、銀はどこ?」
「銀ちゃんなら棒術の稽古中」
「あ――そう。よくやるわよ。この真夏に」
「そう言わないで上げてよ。銀ちゃんは刀廃止派なんだからさ」
白羽が外に視線を向ける。
耳を澄ませば蝉の鳴き声ばかりが聞こえてくる。
「刀を廃止にしたらシナの特技が無くなるから止めなさいって言っとくわ」
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