一 スペースバザール

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一 スペースバザール

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月三日。  オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。  グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、スペースバザール。  スペースファイターが飛び、爆音が響く。衝撃波が走り、スペースバザールの天井材の接合部が砕けてバラバラ降ってくる。旧市街はいつもこんなだ。スペースファイターは大気圏外も飛行できる代物と聞くが、まったく興味がないので、スペースファイターの名など知らない。爆音と衝撃波が迷惑なだけだ。 「それで、ジェニファーが来なくなったのはいつだ?」  D(デイヴィッド)はシューターのコクピットでターゲットと対峙する女にそう言った。  この女、二十代だろうか?若過ぎ・・・ 「一週間前だ」  女はミサイル発射ボタンを押した。 「何があった?」  ディスプレイのポイントが三万を越えた。 「Jは八万ポイント取って、ゴールドカードを手に入れた。八万を維持すれば、安泰だったのに、Jはその上のプラチナを狙ったんだ」 「どうなった?」 「十万を超えたら、いきなりカンパニーが来て、シューターを回収して、Jを連れてった」  女はディスプレイのターゲットにミサイルを放った。 「いきなりか?」 「ああ、いきなりさ。十万を越えたとたん、Jの背後に、カンパニーが五人居た。亜空間スキップしたんだろうさ。代りに、こいつを置いてった。新型だと言って・・・。  ちくしょう、前のマシンだったら、とっくに六万を越えたのに・・・」  ターゲットがミサイルから逃れた。 「不満か?」 「今週だけで一万つぎこんだぎ込んだ。ブロンズカードじゃ、買えるのは週に三万だ。飯を食えるだけさ」  ディスプレイの中で、女はシューターをコントロールして、次のターゲットを追っている。 「何か聞いてるか?」 「カンパニーは、ヤツに、シューターを改良させると言ってた。かんたんに十万が出ないようにするらしい」 「そうか・・・」  そんな事で子供を誘拐するはずがない。理由は他にあるはずだ。 「カンパニーが持ってったマシンは、シューターだけか?」 「ああそうさ。よそじゃ、シューターと、他のマシンも持ってったのかい?」 「ここにあるようなマシンが入れ換えられた。  同時に、十万を超えた奴が数人、同じ目にあって行方不明だ」  Dはシューターが気になり、コクピットに座った。 「あんた。ファイトしたことあるんかい?」  隣のシューターから、女がDを見ている。 「ああ、若い時にな。今も一回、五百か?」 「ああ、そうさ」  女が舌打ちした。今週だけで、女はシューターに二十回搭乗している。  衝撃波に続いて爆音が響いた。また、天井材がバラバラ降ってくる。Dは、形だけのキャノピーを閉じた。キャノピーのサイドは覆いが無い。  女が身を乗り出してDを見て訊く。 「コンソールは昔と同じかい?」  Dは投入口に五百ガル硬貨を入れて答える。 「ああ、変ってないな・・・。これは、脳波でコントロールするんだろう?」  以前はヘッドセットやスカウターで脳波を感知してシューターの一部を制御したが、ここにはそれが無い。 「身体が触れている部分全てが、脳波を拾ってるらしい。  だけど、このマシン操作は手と足だろう?」と女。 「違う・・・。このマシンは・・・」  Dはターゲットをミサイルと機関砲やビーム兵器で攻撃した。  ヒットしても破壊音がしない。音響を止めてあるらしい。  ポイントアップのアラームだけがしだいに大きくなってゆく。 「思考で動かすんだとJが言ってた。そんなことできるわけ・・・」  女がそう言っている間に、アラームが変った。 「えっ?もう越えたのかよ。八万を・・・」  また、アラームが変った。 「えっ?なっ、なんだっ?十万、越えたのか?」  女が身を乗り出して、Dのコンソールを見ている。 「ああ、十万五千だ・・・。  カンパニーは・・・」 「コメントが来てるから、今回は来ないよ。そこに表示が出てる。マシンを止めてみな」  女はディスプレイの隅を示している。  Dはマシンを停止した。  ディスプレイに、 『プラチナカードを与える。週に一度、マシンを操作して十万以上のポイントを取れ。  十万以上のポイントを得ているあいだは、プラチナカードが有効だ』  と表示か出た。 「週一のポイント維持で、カードが有効なら、週に二十回もマシンに搭乗する必要は無いだろう?」 「マシンが新しくなって、ポイントを取れなくなった。今日、やっとさ。三万が・・・」 「カードの使用者をどうやって識別する?」 「そこのどこかに、センサーがあるんだろうさ。他人がカードを使えば、カードは破壊するよ」  女が、ディスプレイの周りを示している。  コクピットに座る奴は全員が記録される。俺も記録されたはずだ・・・。 「他のマシンも試す気にないか?」とD。 「気はあるが、コインが無い。マシンはそのマシンで得たカードか、コインしか使えないんだ・・・」  女は手持ちのコインが無い事と、シルバーカード取得を気にしている。 「コインはある。他のマシンを試そう」  女がシューターでシルバーカードを得るには、あと一万五千は必要だ。簡単にはポイントを取れそうにない。 「いいか。高ポイントを取るには、思念を使うんだ・・・」  弾き出されたプラチナカードを抜いて、Dはコクピットから出ながら説明した。  カンパニーと呼ばれるマシンメーカーに侵入しても実体はわからない。次のマシンにトライして、カンパニーの出現を待つ方がいい・・・。  Dがそれとなく、これから何をするのか話すと、女が目を輝かせた。 「それ、あたしもノッた。Jが連れていかれたんだ。何もしないわけにはゆかないさ・・・」  女とDは他のマシンへ移動した。  Dと女は海中潜行型シューターに搭乗した。 「オレはデイヴィッド・ダンテ。Dと呼ばれてる。ジェニファーの兄だ」 「ああ、聞いてる。DはJに似てるから、すぐわかったさ」  ここいらの奴は初対面とは話さないさ。だけどあんたはJの身内だから話すんさ・・・。  隣のシューターから女の思考が伝わってきた。女の思考のとおり、周りの奴らは俺を不審に感じて見ようとしない。 「スコープにターゲットをロックしようと思うな。ターゲットがスコープに移動するのを考えろ。移動を感じたら、撃つ!」  女がシューターから身を乗り出して、Dのディスプレイを見た。  電磁パルス魚雷発射と同時に、スコープにターゲットがロックされ、破壊を待たずに、次のターゲットがディスプレイに現れた。電磁パルス魚雷とともにスコープに飛びこんでいる。 「わっ、わかった!」  シューターの姿勢制御と、ターゲットロックと、ショットを同時にしてる!DはさすがJの身内だ。Dの機敏さは血筋か?そう思いながら、女はDの説明どおりに、シューターをコントロールし始めた。  Dはシューターをコントロールして、多重思考で女を見た。 「うまいな。もう三万だ。これは思考制御だ。考えがダイレクトにシューターをコントロールする。これなら、十万を越える。  名前は?」 「Kだ。キャサリン」 「Kは、根っからのファイターだな!」 「このシューターと相性がいいだけさ」 「さっきのシューターは、スペースファイター専用のフライトシミュレーターだ。こいつは海中専用サブマリーナ。滞空ミサイルも使える。  高ポイントを出すと、軍がスカウトに来る。強制的にな」  集団で現れたターゲットに、電磁パルス魚雷と水中ミサイルを放つ。海中はビーム兵器を使えない。代りにSSW(超衝撃波、Super Shock Wave)が使える。 「ホントか?」  KがコクピットからDを見つめた。真顔だ。 「ああ、噂は事実だ。実体はわからん」 「脅かすな!十万を超えた。もうやめとく」 「俺もだ。飯でも食おう。おごるよ。ジェニファーの話を聞かせてくれ」 「ああ、いいよ。あんたに借りができたな」 「五百ガルは情報料だ。安いが、価値はプラチナだ」  Dは、ディスプレイの隅から弾き出たプラチナカードを取って、コクピットを出た。  スペースバザールのレストランは人の数より椅子の数が目立っている。  食料から惑星まで売買された過去の賑わいは、今は無い。  そう思いながらミートローフを口に入れる。賑わいの無さと味は一致しない。レストランの閑古鳥は、料理の善し悪しではないらしい。 「ジェニファーはどこをネグラにしてた?」  コーヒーを一口飲んでKを見る。 「オレの家だ・・・」  KはLサイズのピザを口に入れて、ミートローフを口へ運ぶ。実に美味そうだ。 「うっ?なんだよ?Jと同じような目つきで見るんじゃない!  わかったさ。あたしの家だ・・・」 「言葉遣いじゃない。美味そうに食ってるから・・・。  で、ずっと、Kの家に居たのか?」 「ああそうさ。これでもシニアじゃ優等性さ。  だから、政府(グリーゼ国家連邦共和国政府)のお墨付きの家が貰えたさ。  二ヶ月前、Jと、あのシューターで隣り合せた。  その時、初めてシューターでファイトしたのに、Jはシルバーを手に入れた。そいで、ここで、みんなに飯をおごった・・・。  ここいらの奴は、みんな、Jの力を認めた。オレもだ。思考でファイトするって教えてくれた。誰も理解できなかった・・・」  Kはピザを喉に詰まらせた。  DはバナナシェイクをKの前へ移動させた。 「ありがとう・・・」  シェイクを一口飲んで、Kはミートローフを口に入れながら続ける。 「シューターは、ガル硬貨じゃないと起動しない。カードは、それを得たシューターにしか使えない。  Jが提案した。シルバーカードで物を買って、転売して硬貨に換える。そして、他のシューターでファイトする。代りに、Jがオレの家で暮す・・・。  Jが連れていかれる前は、オレはシューターで、三万と六万を行き来してた。ブロンズとシルバーの間だ。  三万未満になって硬貨が入手できなくなると、Jが助けてくれた。  そいで、カードがある間に硬貨を貯めた。  Jが居なくなって二週間で、硬貨を使っちまった・・・。  Dが現れなかったら、カード維持できなかったさ・・・」  Kはまたピザを喉に詰まらせた。今度は悲しみからだ。  Kは、同居していたジェニファーが居なくなった事に、表現しようのない寂しさを感じていた。そして、ここでジェニファーについて語って、留めていた思いがいっきに溢れた。  Kはナプキンで涙を拭った。口の周りのピザソースとミートローフのソースも拭い、また涙を拭った。Dは笑いを堪えた。 「なんだ!オレが泣いたら、おかしいか?」  Kはまた涙を拭った。ピザソースのついたナプキンで・・・。  Dは立ち上がった。自分のナプキンを取って、 「顔にソースが付いてる・・・」  Kの顔をよく見て、目尻のビザソースを拭き取った。  こうしていると、幼かったジェニファーの顔についたケチャップやミートソースを拭き取ったのを思い出す。可愛かった・・・。 「あ、ありがとう・・・」  ピザソースを拭き取ったKの顔が赤い。顔も仕草も、ジェニファーに似ている。体型は違うが・・・・。 「金に困ってなかったんだな?」 「ああ・・・、週に六万は使えた。すぐにゴールドも手に入れたから、週に十万になった。  でも、カードで買ったのは、必要な物だけだった。飯とか衣類とかだ。特に飯だった。こいつらの・・・」  Kはレストランの隅に居る者たちを目で示した。さっきまでシューターでファイトしていた奴らだ。Kに敬意を示して、目で挨拶している。 「ここいらのヤツラがオレに一目置くようになったのは、Jのおかげさ・・・。  で、Dはどうする?十万を超えるファイトでも、カンパニーは来なかった。直接、カンパニーを探るしかない・・・」  Kはピザを頬張って、ミートローフを口に入れた。  これで、二つを同時に味わえるのだろうか。そんな疑問が湧く。 「事前にカンパニーの情報を得たい。個人的にクラリスにアクセスして探れば、こっちの身元がバレる・・・」 「クラリス」は、この主惑星グリーゼにソーシャルネットワークサービスを提供する企業クラリスの、分散式の集中型コンピューターシステムだ。 「かといって、公共の端末からは、防犯システムで身元も顔も筒抜けだ。いい方法がないものか・・・」  Dはミートローフを口へ運んだ。考え事をしながらの食事は禁物だ。思考に集中すると、味がわからなくなる・・・。
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