七 惑星ダイナス 皇帝ホイヘウス

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七 惑星ダイナス 皇帝ホイヘウス

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。  オリオン渦状腕深淵部、デロス星系、惑星ダイナス、南半球北部、  デロス帝国、オータホル、オータホル城。  「陛下、ダイナスはグリーゼと同盟・・・」  リブライト星系散開惑星リブランのラプトと呼ばれるラプトロイドの行政官が、次の言葉を発しようとした瞬間、陳列ケースを見ているディノスと呼ばれるディノサウロイドの皇帝ホイヘウスが笑みを浮かべてふりかえった。 「ダイナスではない。デロス帝国だ。バカめ」  オータホル宮殿の謁見の間に銃声が響いて、頭部を破壊された行政官が転がった。  行政官の破裂した頭部が謁見の間に飛び散ると同時に、大気清浄機はそれら異物と匂いと飛沫をただちに処理して大気を清浄している。 「・・・」  その場に同席しているラプトのプロミナス護民官は、言葉を無くした。 「新しい行政官を送りこめ!採掘を再開しろ!」  皇帝は銃口から硝煙が漂う銃を目の前に近づけた。  ヘリオス星系惑星ガイアの貴重な骨董品なのに、銃弾を一発、使っちまった。  .454カスール(.45口径リボルバー用実包のマグナム弾)は六百光年の彼方のガイアにしかないんだぞ。皇帝は行政官の死より拳銃を気にしている。 「わかりました。平貴院(平民貴族院)のカムトン行政官を派遣します」  プロミナスは深々とお辞儀した。熟したザクロのような行政官の頭部が視界に入った。プロミナスは顔を背けた。 「立法議会に許可を指示しておく」  皇帝はリボルバー、フリーダム・アームズ モデル83 .454カスールの銃身に、右手の鉤爪をそらせて中指の腹を触れた。まだ熱い。ケースに戻せない。  陳列ケースの台座に、クリーニング用油性リネンがある。それを鉤爪で摘まんで、銃身を除く部分の汚れを拭き始めた。 「では、派遣を指示します」  プロミナスはふたたび深々とお辞儀して、その場を去ろうとした。 「こいつを処分してくれ」  皇帝が左手のリボルバーで行政官を示した。既に謁見の間を管理する二台のロボットとアンドロイド二体が遺体を収容カプセルに入れて短脚のストレッチャーに乗せ、床の青い血液を拭き取って殺菌作業している。 「わかりました。  ロイド、ボット!床の清浄は済んだか?」 「完了しました。ロイド2とボット1とボット2は日常勤務に戻ってください。  では、プロミナス様、行きましょう」  アンドロイドのロイド1はストレッチャーの運転席に座った。隣席に乗るようプロミナスに示している。  プロミナスが席に座った。ストレッチャーがドアへ移動した。  ドアが開いて、隔壁が二重に開いた。ストレッチャーは謁見の間を出た。  謁見の間に、これほど厳重なテクタイトの隔壁が必要か?  疑問に思うプロミナスの背後で、ドアと二重隔壁が閉じた。 「ここ十年で、陛下はお変りになりました」  ロイド1が話している間に、ストレッチャーは通路の誘導帯にそって待機の間へ移動してゆく。 「監視装置は問題ありません。陛下にも申し上げている事実です」  至る所に監視装置があるが、ロイド1は気にせず話している。 「陛下が元老院の意見を抑えて、平民貴族院の意見を立法議会に反映させた結果が今日のダイナスの繁栄です。陛下の功績はダイナスの歴史に残る偉業です」  なぜか、ロイド1はデロス帝国と言わない。プロミナスは不思議に思った。  謁見の間から待機の間への通路は途中で一本の通路と交差する。その通路の左右どちらにも親衛隊が控えている。その先はどちらも親衛隊詰所だ。  ストレッチャーは広い通路から、交差する通路を右へ入った。通路に控える親衛隊の前を抜けて、オートドアと開いた二重の隔壁を通過し、親衛隊詰所のセキュリティーゲートを抜けて、セキュリティーエリアに入った。 「ストレッチャー全体をスキャンします。しばらくお待ちください」  ロイド1が話すまもなく、床と壁と天井から蛇のようなセンサーが多数現れて、ストレッチャーとプロミナスとロイド1を確認し、セキュリティーエリアから追い出すようにストレッチャーを貨物用エレベーターへ移動させた。 「セキュリティーゲートはエレベーターを降りた所にも有ります。一度、通過許可が出れば、次は無条件で通過できます」  ストレッチャーがエレベーターに入った。エレベーターは急降下した。 「先ほどの続きです。  陛下は平民貴族院の意見を支持して元老院を説き伏せ、立法議会にグリーゼ国家連邦共和国との同盟締結を承認させました。その結果、主惑星グリーゼから技術導入したダイナスは目覚ましい発展を遂げました。  主惑星グリーゼとダイナスの協調路線は、平民貴族院のラプトの政策です。平民貴族院は現在の繁栄を大いに評価して、陛下の功績を称えています。  しかし、元老院のディノスはそうではありません。主惑星グリーゼの協力でここまで繁栄しながら、協調路線を続ける事に飽きています」  ロイド1は監視装置を気にするプロミナスを気遣った。 「ここまでは誰もが認めている事実です。私が話しても、私が破壊される事はありません。  まもなく地下六階に到着です」  エレベーターが停止してドアが開いた。ストレッチャーはセキュリティーエリアを通過して、地階の親衛隊詰所を抜け、研究ユニットへ進んだ。その先は廃棄物処理施設だ。 「私は、ラボの再生システムに行政官を再生させて、家族の元へ送り届けなければなりません。ここで失礼します」  緊急用ハンドルで、自動走行を手動に切り換えて、ロイド1は地上への緊急用階段が有る待避場の横にストレッチャーを停止した。 「平民貴族院のラプト護民官のプロミナス様に会えて光栄でした」  ロイド1は、制服の襟の間に右手を入れて、それまで緊急用ハンドルを握っていた右手の汚れを拭うようにした後、プロミナスにその手を差し出した。 「私の方がロイド1と話せてよかったよ。ロイドの人工知能は知っていたが、個人差が有るとは思わなかった。我々と同じに個性的なんだな。また、機会があったら、話したい」  随分個性的なロイドだと思いながら、プロミナスはロイド1と握手した。同時に、手に違和感を感じた。 「・・・」  プロミナスはロイド1の顔を見た。 「ええ、機会があれば、私も話したいです。お気をつけて。  地上へ出たら、誇りあるラプトの護民官としてご活躍ください」  ロイド1はプロミナスの目を見ている。まるで、プロミナスの友のように。 「了解した。このまま地上へ行けばいいのだな?」 「はい、この階段を上ると廃棄物処理員に勘違いされます。  くれぐれも、護民官として行動してください」 「わかった。忠告をありがとう、ロイド1」 「今後は、R1とお呼びください。ラプトの方はその方が慣れているでしょう」  R1は今後もプロミナスと話す機会がある事を伝えている。 「了解した。では、また」  R1に見送られ、プロミナスは階段を上った。
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