二十 反逆

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二十 反逆

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月七日。  オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部  グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、グリーゼ国家連邦共和国防衛省総司令官執務室。 「議会議長の主張を無視して、議会承認を得ぬまま、艦隊を出動させるのか?」 デロス帝国の軍事協力要請に、リサ・アンダーソン共和国議会議長は、返答を一週間先へ延ばすように命じてきた。リブラン王国が独立を宣言してデロス帝国に宣戦布告したというのウソだろうか・・・。  コロン・デ・ルペソ将軍はそう考えながら、ウィスキーを満たしたグラスを二つ、テーブルに置いてソファーに座った。向いに、3D映像のグリーゼ国家連邦共和国議会対策評議会議長のフェリス・ジェレミが座っている。  ここはグリーゼ国家連邦共和国防衛省総司令官ルペソ将軍の執務室だ。グリーゼ国家連邦共和国防衛軍施設と別に、グリーゼ国家連邦共和国防衛省の最上部に執務室があり、天井のドーム越しに天空が見とおせる。 「いつまでも、共和国議会や議会議長に支配させておくわけにゆかないわ。  共和国は国民のもので、奴らのものじゃないのよ」  3D映像のジェレミ対策評議会議長の顔が引きつっている。  無理もない。これまでこれほどの重大事を決断した経験が無い。全てカンパニーが行ってきた・・・。ルペソ将軍はそう思った。 「では、出動態勢を整える。  帝国へ軍事要請に応ずる旨を伝え、グリーゼ艦隊を発進する」  ルペソ将軍はグラスを口へ運んだ。  今、グリーゼ国家連邦共和国防衛軍の防衛戦力に、攻撃戦力のグリーゼ艦隊は含まれていない。これまでデロス帝国のメテオライト攻撃を防衛できたのだから、グリーゼ艦隊が出動しても、デロス帝国の攻撃に充分対応できる・・・。  リブラン王国がグリーゼ国家連邦共和国にメテオライト攻撃を行っていれば、デロス帝国の軍事要請は辻褄が合うのだが・・・。 「ところでジェレミ議長。カンパニーの議長に、どう説明する?」  ルペソはテーブルにグラスを置いた。  ジェレミが皺の多い手でグラスを取った。  対策評議会議長執務室のテーブルにも、ウィスキーのグラスがあるようだ。ルペソは、ジェレミの好みの銘柄をこちらに用意している。いずれ、消えゆく老獪に対する、せめてもの礼儀と思っている。 「考えてないわ。無視するのよ」  ジェレミは縦皺がめだつ唇へグラスを近づけた。  あいかわらず無計画だとルペソは思った。これまで、あらゆる政策がカンパニーの立案で成されてきたのだから無理はない。グリーゼ国家連邦共和国議会は、これまで議会対策評議会が提出した、カンパニー立案の全議案を、議会対策評議会が創案したと考えている。  ジェレミはカンパニーの思惑無しに、デロス帝国の軍事要請に応ずる共和国議会の承認を得られるだろうか? 「何か言ってきたら、議長特権を行使するわ。リブラン王国か惑星ダイナスかはわからないけど、メテオライト攻撃はデロス帝国が行ってるのは確かよ。  デロス帝国と同盟を結んでるんだから、表向きは、要請に応ずるしかないでしょう」  議長特権は、グリーゼ国家連邦共和国議会対策評議会議長が緊急時に行使できる独裁的特権である。ジェレミは、デロス帝国の軍事要請に応じてグリーゼ艦隊を出動し、現れたデロス帝国のオータホル艦隊を壊滅しようと考えている。  ルペソ将軍は考えた。  グリーズ星系とモンターナ星系の全惑星ラグランジュポイントは防衛のため封鎖中だ。交戦中のデロス星系とリブライト星系の全惑星ラグランジュポイントも封鎖中だ。  従って、グリーゼ艦隊は、グリーズ星系とデロス星系とリブライト星系から成る、星系間ラグランジュポイントへ移動するしかない。  デロス帝国のオータホル艦隊も、いったん星系間ラグランジュポイントへ移動し、そこからリブライト星系へ出撃するだろう・・・。  ジェレミは、いち早くグリーゼ艦隊を星系間ラグランジュポイントへ移動して、遅れて移動してくるデロス帝国の艦隊を壊滅しようと考えている。この場合の戦線は、星系間宙域における局地戦だ。しかし、デロス帝国の艦隊が惑星ダイナスに留まっていれば、グリーゼ艦隊はデロス帝国との同盟を破棄し、惑星ダイナスからメテオライト攻撃を受けた事実を示す証拠を突きつけて、惑星ダイナスを攻撃する予定だ。  惑星ダイナスを中心とするデロス帝国とグリーゼ国家連邦共和国の全面戦争になれば、グリーゼ国家連邦共和国はリブラン王国と連合する・・・。 「ルペソ将軍。リブラン王国と連絡をとって、実態を調べてください。  結果次第で、帝国との同盟を破棄して、リブラン王国と連合しましょう・・・」  グリーゼ国家連邦共和国は決して不利ではないとジェレミ思った。 「了解した。リブラン王国もデロス帝国の一部だ。デロス帝国の軍事要請を、ありのままに伝えて様子をみよう」 「ルペソ将軍に任せるわ。くれぐれも、こちらの手の内は見せないようにしてください」  共和国防衛省総司令官執務室からジェレミの3D映像が消えた。  ジェレミの鼻息は荒い。あいかわらす口先だけは達者だ。午前一時を過ぎている。眠くなったのだろう・・・。   ジェレミは、汚い事を全て人任せにする。今回のグリーゼ艦隊出動も、失敗すれば、 『共和国防衛軍が議会を無視して、勝手に動いた結果だ』と言うだろう。  グリーゼ艦隊がデロス帝国を制圧すれば、 『リブラン王国と連合して、グリーゼ国家連邦共和国とリブラン王国を攻撃したデロス帝国を制圧した』と自分の功績をひけらかすのがおちだ。  だが、いつまでもそんな事はさせない・・・。  ルペソはソファーから立ちあがって、執務デスクのシートに座った。デスク上にグリーゼ艦隊の旗艦〈グリーゼ〉のコントロールポッド内部3D映像表示して、 「リブラン王国に、デロス帝国から軍事要請があった旨を説明して、行政官と交渉したい、とを伝えてくれ」  とコントロールユニットのAIグリーゼに指示した。 「亜空間転移伝播通信は、デロス帝国に傍受される可能性があります。通信しますか?」 「通信してくれ。同盟国に情報要求するのだ。デロス帝国を気にしなくていい」 「了解しました」  AIグリーゼは無機質な合成音で了解した。  いつ聞いても、味気ない返答だ。まるで、ジェレミに従う自分みたいだ、とルペソは思った。その時、コントロールポッドから笑いが聞こえたように感じた。 「なんだ?」  AIグリーゼに感情はない。人格は無いのだから笑うはずがない・・・。 「リブラン王国から、亜空間転移伝播通信が入りました。  『通信はデロス帝国に傍受される可能性があるが、それでよければ、デロス帝国から攻撃されているリブラン王国の現況を説明した上で、交渉に応ずる』  とのことです。3D映像表示しますか」  とAIグリーゼが伝えた。 「かまわん。表示してくれ」  デロス帝国とリブラン王国の対立は事実のようだ・・・。  総司令官執務室に、〈オミネント〉のブリッジにいるラプトの3D映像が現れた。 「私はリブラン王国の行政官カムトン・リブラン・アライスだ。  三十六時間前から、リブラン王国はデロス帝国の攻撃を受けている。  そちらの主惑星グリーゼとモンターナ星系惑星グリーゼ13と同様のメテオライト攻撃に加え、ホイヘンス艦隊とアスロン編隊の攻撃、モーザのスキップ攻撃を受けている。  我々は、〈オータホル〉を除くオータホル艦隊の四戦艦を掌握したが、リブラン王国宙域防衛に各戦艦が対応しているため、デロス帝国を攻撃できない状態にある。  なお、デロス帝国は〈ホイヘンス〉を旗艦とするホイヘンス艦隊に加え、〈オータホル〉を旗艦とする、新たなオータホル艦隊を建造した。  現在、二艦隊は惑星ダイナスに留まっている。  今後、どのように進攻するか、不明だ・・・・」  3D映像が乱れた。説明を聞き取れない。 「タイムラグか?」 「通信が妨害されました。デロス帝国からの干渉です・・・」  なぜデロス帝国が通信妨害する?どちらの主張が正しい?ルペソは判断できない。 「グリーゼ。デロス星系とリブライト星系の5D座標と4D映像を見せてくれ」 「わかりました」  グリーゼ艦隊の旗艦〈グリーゼ〉が探査したデロス星系リブライト星系の5D座標と4D映像が執務室の空間に現れた。  5D座標に戦艦や宇宙船の移動は表示されていない。  デロス帝国とリブラン王国のどちらの主張が正しい?最初に主張する奴は、本音を語らないのが常だ。後手にまわると事実が判明してウソをつけない。その点から考えれば、軍事協力要請したデロス帝国の主張はウソだ。リブラン王国の主張が正しい・・・。  リブラン王国は、 『デロス帝国は、ホイヘンス艦隊に加え、新規にオータホル艦隊を建造した』  と言った。カンパニーの情報から、ホイヘンス艦隊の存在は聞かされていたが、リブラン王国が、オータホル艦隊の旗艦〈オータホル〉を除く四艦隊を掌握した事と、デロス帝国が新たにオータホル艦隊を建造した事は、初めて聞く。  カンパニーはいち早く、これらの情報を得たはずだ。リブラン王国の現況説明は事実の一部に過ぎない。カンパニーは何を考えている・・・。 『デロス帝国への返答を、一週間先延ばししろ』  とカンパニーが言うのは、その間に、カンパニーは何らかの方法でデロス帝国を壊滅する気だ。皇帝ホイヘウスの暗殺か?  カンパニーはわかっちゃいない。ディノスは根拠のない自信を持つ種族で頑固保守的だ。  皇帝ホイヘウスに、共和国への服従を宣言させねば、デロス帝国のディノスは納得しない。種族の象徴の皇帝ホイヘウスを抹殺したら、デロス帝国は収拾がつかなくなる。  デロス帝国を叩くのは軍事力だ。ホイヘンス艦隊とオータホル艦隊を壊滅して、皇帝ホイヘウスを屈伏させねばならない・・・。  ルペソはジェレミとのホットラインを開いた。  3D映像が現れた。 「寝ているところをすまない」  ルペソはリブラン王国の情報と、考えられる状況を説明して、方針を述べた。 「ルペソ将軍の要請に応じて、グリーゼ艦隊の出動を許可するわ。  デロス帝国の軍事要請に返答する必要はありません!  リブラン王国と連合して、同盟を破ったデロス帝国の艦隊を壊滅しなさい!  皇帝ホイヘウスを捕獲して、あたしの前にひれ伏せるのよ!  いえ、共和国の前にひれ伏せるのよ!」  パジャマ姿のジェレミの3D映像が消えた。  ルペソは苦虫を噛み潰したような顔で各艦艦長への指令ラインを開いた。  執務室に十八隻の戦艦の縮小されたブリッジが現れた。 「各艦艦長に告ぐ。  全艦、〇六〇〇時に発進する。発進準備しろ。  目標、星系間非重力場。  グリーゼ、デロス、リブライトの三星系ラグランジュポイントだ」  各艦艦長の敬礼に答礼し、ルペソは指令ラインを閉じた。   「キシロフ大佐。艦隊を出動させる。皆に準備させてくれ」  ルペソはインターコムで、将軍直属の参謀エリーナ・キシロフ大佐に乗艦を指示し、みずからが乗艦の準備をした。日常使用する物は下着の類いまで、全て旗艦〈グリーゼ〉に整えてある。ルペソが運ぶのは、公式行事用制服二着と、旗艦指揮用制服二着、実戦用軍服二着だけである。  ルペソの執務室は、グリーゼ国家連邦共和国防衛軍の施設とは別に、グリーゼ国家連邦共和国防衛省の最上部にあり、ドーム越しに天空を見通せる。ルペソは準備の手を止めて、執務室から星空に目を転じた。今夜も晴れている。 「どうしました。将軍?」  乗艦準備を整えて、執務室に入ったキシロフ大佐は、夜空を見上げているルペソを見た。 「あの恒星と恒星の間へスキップする・・・」  ルペソ将軍は恒星リブライトと恒星デロスを示した。  どの星系でも防衛態勢が布かれている。デロス艦隊が亜空間スキップするのは星系間非重力場だけだ。いち早くグリーゼ艦隊をスキップさせて、遅れてスキップしてくるデロス艦隊を出現してくると同時に壊滅するだけだ。  これでいいはずだが、なにかしっくりしない・・・。  ルペソは表現できないものを感じていた。
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