二 トラペゾイド55

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二 トラペゾイド55

  グリーゼ歴、二八一五年十一月三日。  オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。  グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、トラペゾイド55。 「で、どうする?」  白のワゴンヴィークルで走行している。目の前の茶色のゴミ収集ヴィークルにぶつかったらしく、ワゴンヴィークルのフロント外壁がめくれ上がっている。こっちからぶつかった記憶はない。衝突防止装置があるからぶつかるはずがない。ワゴンヴィークルの衝突防止装置が壊れて、カーブで前のゴミ収集ヴィークル車がブレーキをかけたのか? 「ヴィークルを止める・・・」  待避エリアにヴィークルを停止した。 「で、どうするの?」  助手席の女がDを見た。女の左の目尻から頬にかけて三つの小さな黒子があり、三センチほどの正三角形を成している。色白で二重の大きな目。鼻梁は高くほっそりし、口元に笑みが浮かんでいる。  長い髪が、首の少し上で後ろに束ねられて、両耳のそばに、長く柔らかな巻き毛を垂れている。白のブラウスにターキスブルーのベスト。ジィーンズはブルーがかったグレーだ。身長は高い。 「で、どうする?オリオンファイアーだ・・・。飲めば、目が覚めるさ」  Kがテーブルに赤い飲み物のグラスを置いた。  ソファーで目覚めたDは、トマトジュースの類と思って一口飲んだ。一瞬甘みを感じて、すぐさま口と喉へ強烈な辛さと熱さが拡がり、胃の辺りに痛むような熱さを感じる。夢に現れた心象が一瞬に消えた。 「なんだっ、これ!」 「ファイアーさ。飲んだこと、無いんか?」  オリオンファイアーはアルコール五十五パーセントとカプサイシンとカシスが主体の飲み物だ。その他、各種の香辛料が含まれる。 「確かに、目が覚める。胃が痛くなる・・・。  カンパニーは何を言ってきた?」 「まだ、何も言ってきてない。もうすぐ、返信が来るさ」  Kがそう言っている間に、3D映像が室内に現れた。カンパニーのカスタマーサービスオペレーターは、リサ・アンダーソンと自己紹介した。 「明日、正午十二時に、カスタマーサービスエリアにおいでください。  我が社の機器と企業貢献をご覧いただきます。  昼食をご用意しますので、その予定でおいでください。  エリアゲートはカードで開きます。カードをお忘れなく。  エリア内で、私LAを指名してください。私がご案内します。  では、明日正午に。予定時刻誤差は±一時間です。ご安心ください」  映像が消えた。 「で、どうする?正午まで十二時間ある・・・」  Kはタブレットの時計を見ている。 「何を?」 「Jの部屋はそのままだ。Dが代りに使えばいい・・・Jとの約束だからな・・・。  オレはカタイんだ・・・」  Kは隣のドアを示している。  ジェニファーとの約束を守るという意味で、Kが堅いのか、それとも身持ちか・・・。  そう思いながらDは窓の外を見た。ここは五十階建てトラペゾイド・55の十八階だ。見えるのは地表の地衣類だけ。その先に、スペースバザールのドームが光の半球となって見える。そこから伸びる線状の光は、スペースバザールと周辺のトラペゾイドを結ぶ移動チューブだ。さしずめ、クラゲから伸びる多数の触手のようだ。 「カンパニーは、今も、タワーの下か?」  地衣類が生える地表の遥か彼方に、亜空間スキップ機能を持たない宇宙船を運ぶ、巨大な転移タワーが見える。  タワーは高度数百レルグおきに、加速リングがタワーを囲んで浮遊している。  この夜の大気中で、ここトラペゾイド・55の十八階から確認できるのは、五個の加速リングまでだ。それも、エネルギーが充填されて宇宙艦が亜空間転移される間で、エネルギー放出後は、下部リング三個と天空へ伸びるタワーしか見えない。  転移タワーの周囲は飛行禁止空域だ。転移タワーには高層建築物と同様に、飛行体衝突防止装置が設置されている。それでも、飛行体が衝突するため、最近、飛行体が周囲に近づかないように、特殊な衝突回避波を発している。 「見えるんか?こんな暗いのに」 「ああ、タワーの照明で、よく見える・・・・。  明日に備えて、よく寝ておけ・・・」 「Dは寝ないのか?」 「寝るよ・・・」 「シャワーとトイレはこっちだ。  キッチンに食い物がある。食いたいなら、食っていいよ。  オレはシャワーを浴びて、寝る・・・」 「ああ・・・」  Dはタワーを見たままだった。 「なあ、D・・・」 「何だ?」  Dは振り向いた。Kは頬をほんのり赤く染めて下着姿だった。上気したKの左の目尻から頬に、小さな三つの黒子が小さい三角形に浮び上がっている。 「オレは・・・シャワーを浴びる・・・」  Kはバスルームのドアを開いてDを手招きした。  ジェニファーの部屋は広かった。部屋だけでなくベッドもだ。こうして二人で居ても広さに余裕がある。あと二人くらい居ても、じゃまにならない。  Dの腕枕で眠りながら、Kは腕と脚をDに絡めて、 「オレの部屋も同じ造りだ・・・」  まどろんでいる。  Kの薄茶の長い髪が鼻をくすぐって、懐かしい香りがする。 「眠らないのか?」 「そのうち・・・・」  Kは眠った。 翌朝、十一月四日。 「地下でゆくんか?」  ダイニングキッチンのテーブルで、温め直したテイクアウトのビザを頬張りながらKがDを見ている。  昨夜。Kは黒ずくめの服装だったが、今は、ピザソースがついたら、とても取れそうにない白のゆったりした服装をしている。DはKの口元とテーブルのナプキンを見た。 「なんだ・・・。こぼさないよ。だいじょうぶだ。  ナプキンを・・・。これでいいだろう?」  Kはナプキンを膝に置いて袖を捲り上げてピザを口へ入れ、もうひとつナプキンを取って口元に当てた。 「地下はダメだ。攻撃されたら生き埋めになる。救出は当てにならない」  Dもピザを口に入れる。バザールで食べたピザのテイクアウトだ。温め直しても、美味い。ミートローフもアウトしたはずだが、フリーザーに留まったままでテーブルに出ていない。 「なんでだ?爆撃されても、壊れないようにできてる。チューブより安全だ・・・。  まあ、破壊されれば、救出されるのは、難しいな・・・」  Kはサブウェイが破壊されるより、エントランスの破壊を気にしている。  サブウェイの入口を大量の瓦礫で塞がれたら、地下空間に閉じ込められてしまう。エントランスはトラペゾイドの地下二階だ。  KがDを睨んだ。ピザを皿に置き、ミックスシェイクを一口飲んだ。 「・・・まさか、ゾイドの破壊を考えてんじゃないだろうな?」 「無いと言い切れない。ここは地下空間の入口だ。タワーと同じ、重要な標的だ」 「確かに、地表の標的はタワーかゾイドかバザールだけさ・・・」  Kがピザを頬張ったまま、ナプキンをテーブルに置いて席を立った。思っていたより、以前のような慣れた動きだ。 「・・・だからって、タワーやバザールより先ってことは・・・・、あるか・・・。  野菜サラダとマーマレードのトーストを食うか?これじゃ、順序が逆だったな」 「ピザを食ってる。サラダだけでいい。  Kのドレッシングをかけてくれ」 「なんで、オレのドレッシングを知ってる?Jに聞いたか?」  Kは冷蔵庫から野菜サラダを取り出してテーブルに置き、ドレッシングをかけている。 「ああ、そうだ・・・」  Dはドレッシングを知っている事、サラダを口へ運んだ。  懐かしい味だ。マーマレードのトーストも、きっと、懐かしい味がするはずだ・・・。 「Kは知らないだろうが、メテオライト(隕石)やスペースデブリは惑星ダイナスからの攻撃だ。  過去、惑星ダイナス(デロス帝国の母星)のディノス(ディノサウロイド)は直接、地表を攻撃せずに、大気中にメテオライトを投射し、SSW(超衝撃波)で地表を破壊した。その結家、地表は今のようになった。ヤツラが暮しやすいようにな・・・。  共和国政府(グリーズ国家連邦共和国政府)は、耐爆撃構造の採光と居住施設があるトラペゾイドを建てて、多くの人民を地下へ居住させた」 「噂には聞いてる。小さい時、見た気がする・・・。  攻撃が変るんか?」 「おそらく今度は、直接ここに投下するだろう。だから、地表をゆく」  衝撃波で部屋が振動した。爆音が響く。 「いま、共和国政府はメテオライトやスペースデブリ対策に躍起になってる。  多目的宇宙ステーションから、ビームやミサイルで、飛来する投射物を迎撃してるが、メテオライトの破片やデブリが周回軌道上に有って、いつ落下するかわからない。ステーションや情報収集衛星には自己防衛機能はあるが、カスが地表に衝突する場合もある。  だから、ビームやミサイルで破壊し切らないカスを、スペースファイターが大気圏外で迎撃している。  ディノスの攻撃は日増しに激しくなってる。たとえメテオライトやデブリがトラペゾイドを破壊して我々が地下都市に閉じ込められても、メテオライトの対応に多忙な共和国政府が救出に投入できる機材と人員は、たかが知れてる。  政府はこの事実を公表しない。人民を混乱させる、と考えて公表を避けてる・・・」  Dはサラダを口に入れて、ピザを口に入れた。これではKの食べ方と同じだ。意識がシンクロし始めている・・・・。 「わかった。これからはチューブを利用する・・・」  Kもピザを口に入れた。 「だけど、投射物がゾイドを直撃したら、核攻撃に耐えられる地下の方が安全だろう?」 「巨大メテエライトは核ミサイル以上の威力だ。巨大クレーターとSSWで地表は潰滅する。そのあと、ヤツラは住みやすいように、地表をフォーミングする・・・。  これまで、直接、攻撃しなかったのは、地表をできるだけ温存したかったからだ・・・」  Kの手が止まった。食欲を無くしたらしい。Dは呆然としているKを見た。 「サラダが美味い。全部食ってもいいか?」 「あぁぁ・・・、あっ、いいよ。もっと作ろうか?」 「もう少し欲しい・・・」  Kは席を立って背後の壁際にある家庭栽培ユニットの野菜を摘んだ。  Dの視線に気づいてKが言う。 「何だよ?野菜栽培が珍しいか?誰でもやってるぜ。  全てのゾイドに、栽培ユニットが備えられてるんだ。種を蒔いて、根と新しい芽を無くさないように野菜を摘めば、自動管理でいつも野菜を食える・・・・。同じ種類で飽きるけどな」  Kは摘んだ野菜を食べやすい大きさに千切ってボウルに入れ、ドレッシングと和えて、テーブルの皿に移した。 「ドレッシングも野菜も、美味いな・・・」  栽培ユニット内は、人体と野菜に有益な微生物しかいない。ユニットで栽培された野菜は、洗うよりそのまま食べる方が人体組織に有益だ。 「そうか・・」  Kが微笑んで野菜サラダを口に入れた。  やはり、ドレッシングは、Kの自慢の一つだ・・・。  Dは確信した。  栽培ユニットが開発されて以来、メテオライトやデブリの影響で耕作地の作物が潰滅していた過去に比べ、家庭で栽培される野菜だけでなく、農産物の栽培方法が変り、入手が楽になった。その事自体は良い事だが、原因が良くない・・・。 「しばらくしたら、出かけよう。見ておきたい所がある・・・」  Dはピザと野菜サラダを食べ終えて、コーヒーを一口飲んだ。  皿だけになった食卓に、Kは満足そうな笑みを浮かべている。
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