36色の蛇口

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 男は「ピンク色」の蛇口の前で立ち尽くしたまま、じっとそれを見つめていた。  老人が、ぼそりと言った。 「その色が表している意味は、『愛情』だよ」 「愛情……」  ピンクは、美咲が好きな色だった。  お前にとって大切なもの、今のお前に欠けているもの…… 「美咲……」  男は震える声で呟きながら、ピンク色の蛇口に手を伸ばした。  そして、ゆっくりとハンドルを回す。 ──水だ!  蛇口から、音を立てて水が流れ出た。  男は倒れ込むようにして蛇口の下で口を開け、水を流しこんだ。  冷たい水が、喉を通っていく。  男は泣いていた。泣きながら水を飲み続けていた。  美咲の顔が頭に浮かんだ。美咲の声が耳の奥で聞こえた。 「助けて」と言った声が……  後悔と罪悪感に襲われた男は、許しを請うように固く目を閉じた。
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