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「え、なんでですか?」
「温かいのが飲みたくて」
ほら冷めちゃったから、と立ちあがった私はちゃんと笑えていただろうか。
覚悟を決めたつもりでも、まだまだ甘いと思い知らされる。
一瞬で胸に溢れたどす黒い感情に唇を噛みそうになる。
昔から浮気なんてした男が悪いのだと思っていたのに、まさかその相手にまでこんな思いが湧くとは思わなかった。
醜い。
醜いとわかっているのに、その嫉妬とも怒りともつかない感情はどうにも抑えることが出来なくて。
私は、ただその場から逃げるしかなかった。
「……おはようございます」
それでもその横を通り過ぎる瞬間、なんとかそう口にしたのは、私の最後のプライドだ。
だって、自分をこれ以上醜いものにしたくはない。
廊下の端に置かれた自販機がガタンと大きな音を鳴らす。
いつからだろう、少し前まで『つめたい』ばかりが並んでいたそのディスプレイも、気が付くともうちゃんと『あったかい』の文字が並んでいた。
「ありがとうございます」
出てきた缶を手渡すと本気で嬉しそうに笑う松田くんになんとなく癒される。
うん、給料日前とはいえココア一本くらい安いものだ。
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