始まり

3/45
前へ
/128ページ
次へ
「夏休み……」  重たい足を引きずるように歩いていると、どこからか子供のはしゃぐ楽しそうな声が聞こえてきた。 「わーすごい。 ありがとう」 「僕にもやって」  うるさいなと、学は思った。とくに気になるのは、声が聞こえる先に自分の家があるということ。  道を曲がると背は百八十センチはあるだろう、黒い短髪の男が小学生を持ち上げて、木についている蝉を採らせているようだった。  白いシャツに黒のズボン、斜めにカバンをかけた男は、小学生の男の子を地面におろすと言った。 「大切にしろよ?蝉は一週間しか生きられないんだからな。だから観察したらちゃんと木に戻してやるんだぞ」 「えー、一週間しか生きられないの? 何で?」 「何でだろうな? それは俺にも分からない。でも一週間しか生きられないのに、自由に過ごせないなんて可哀想だろ?」  それを聞いた小学生の男の子は、捕まえた蝉を見つめて言った。 「お兄ちゃん。僕、蝉いらない」  そう言うと、空に向かって蝉を放した。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加