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店の外に出て風に当たるとようやく生き返った気がした。すぐそばの電柱に片手をついて背中を丸めた不動産屋が激しく吐いていた。甘酸っぱい匂いが漂ってきた。
そのあたりで記憶は完全に途絶えた。
次の日、光則は生まれて初めて二日酔いで仕事を休んだ。会社に電話すると受話器の向こうで事務員に代わった社長が嬉しそうにこう言った。
「今日はゆっくり休みな」
ゆっくりかどうかはともかく、夕方まで眠った。それでもまだ頭は痛かった。
それから一週間ほど後、前回と同じ面子が揃った応接室で、神妙な、まるで儀式のようなやりとりを経て、社長が契約書に印鑑を押した。畑は正式にハヤタヤのものとなり、そこにハヤタヤ初の支店を出すための資金は銀行からの融資で調達することになった。取引を終え緊張が解けた社長が不動産屋に向かって右手でマイクを持つ仕草をしてみせた。
「了解ッス」
不動産屋はすぐにテーブルの上の電話に手を伸ばした。
まだ携帯電話が普及するより前のことだった。
それから4人で何度も飲みに行った。不動産屋と銀行マンは小学校から中学校までずっと同級生だったこと。不動産屋が中学ではやたらと勉強ができる不良だったこと。銀行マンは中学では普通の目立たない奴だったこと。二人とも家が貧乏で幼稚園には行かなかったこと。毎年夏の地元の盆踊りに欠かさず連れ立ってでかけていたこと。中学三年生の時に教師を殴って大問題になった不動産屋を銀行マンが必死でかばったこと。銀行マンが都立高校に進み、不動産屋は高校に進まずに近所の工務店で働き始めたこと。それでも毎年夏には盆踊りに行っていたこと。
銀行マンが私大に合格した頃、不動産屋は工務店と付き合いのあった不動産屋に転職した。宅建の資格を取るために銀行マンの家で一緒に勉強した話。水にあっていたのだろうか、宅建の資格を取ってしまうと不動産屋の仕事は天職に思えたそうだ。それまではヤンキー上がりの勢いのある奴程度にしか思われていなかった。資格を取ると周りの目が変わった。大きな物件も任せられるようになった。社内での株がグンと上がった。肩書きが課長の名刺に変わった頃、都市銀行に就職した銀行マンが同じ地域の担当になった。
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