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八百屋からスーパーに変わったばかりのハヤタヤの惣菜売場のコロッケ。雅恵の母親が揚げたコロッケの味と香りは、雅恵ではなく光則が引き継いでいた。
「ママの分も残しておいてね」
化粧を終えた雅恵が立ち上がった。
さっきの香水の匂い、甘い柑橘系の匂いが光則の鼻をくすぐる。
「ああ、帰ってきたら食べよう」
一緒に、と光則は思った。
「夜食べると太っちゃうよ、ママ」
優希が本気か冗談か、そんなことを言う。
「いいのよ、ちょっとぐらい食べても」
雅恵が笑った。
雅恵の体重は昔と比べてどうなのだろうか。若い頃と同じように細身の雅恵を見て、そういえば最近雅恵に体重を聞いていないということを光則は気がついた。いったい雅恵は何キロなのだろうか。
それを聞くことはないだろうと光則は思う。妻のことをいつまでも綺麗だと思えることは幸せなことだと、光則はそう思っている。聞かなくても、わかることはある。
妻の色々なことを、光則は知っている。
光則が高校に通い始めた頃、雅恵の父親は店の隣の畑を買い取り、そこに今までの倍の規模の店舗を作った。元の店は解体され、駐車場になった。それが当たった。町工場の間を縫うように細々と続けられていた農地が広がっていた。農地は急激に宅地に変わっていた。一戸建てにクルマは必須だった。毎週末は駐車場に出店も集まり、クルマで集まった家族連れで、ちょっとしたお祭りのような賑わいだった。
雅恵の父親はまだ店に出ていた。コロッケは相変わらず雅恵の母親が揚げていた。
広い駐車場のおかげで遠方からの客もやってきた。隣のビニールハウスもいつの間にか駐車場に変わった。昔の店の裏にあった小さな木造の家は鉄筋コンクリートの立派な造りにに建てかえられた。
羽振りがいいのは隠しようもなかった。
光則はハヤタヤでバイトを始めた。地元の公立高校とはいえ学費もかかる。自分の弁当代ぐらいはなんとかしたいと思っていた。しかも、母親は光則が中学を卒業する頃には体調を崩し、仕事も休みがちになっていた。
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